武見、これはお前の犯した殺人の記録だよ...」

秋山はきつい眼差しを武見へと傾けながらチップをもう一度ピアスへとはめ込んだ。
これは映像を再生できる媒体として特殊加工されているものだった。
よもやこんな風に使用することになるとは思わなかったが、今となっては都合がよい。
秋山はシニカルな笑みを浮かべ、ピアスの背の部分を押した。

「お前達兄弟は身寄りの無い若い女を攫って自分達の欲望の餌食にしてた。
これはその内の一人が決死の覚悟で俺に送ってきた数々の女性の殺人ビデオだ。
お前達がコレクションしてた、おぞましい記録...」

言いながら、秋山は目の前の大きな壁にむかってピアスをかざした。
そこから放たれた白い光が壁に映像を作り出していく。
自分の顔がそこへと映し出された時、武見の顔に驚愕の色が浮かんだ。
「やめろ!!秋山!!!やめろぉお!!」
激しく動揺した武見は秋山の手から媒体を奪おうと恐ろしい勢いで絡んできた。
脂汗を撒き散らしながら、突っ込んでくる武見を秋山はするりとかわした。
「へぇ、自分で見るのは嫌なのか?お前らは楽しんでいたんだと思っていたけどな」
「こんなもの、こんなものどうやって手にいれたんだぉおおお」
口惜しさで歯軋りをする武見の背後に彼等兄弟が女性達を弄んだ後、
まるで玩具を壊すかのように楽しみながら殺人を犯していく様が克明に映し出されていった。
それは一人だけではなく、実に何人もの女性達が彼等の毒牙にかかって殺されていた。
秋山が持っていたチップには武見達3兄弟の殺人の記録が全てとらえられていた。
「大方お前達はこの戦利品でも見ながら酒でも飲んでいたんだろう?
これを持ち出してくれた人もいってたけど、その時程お前らが醜いって思ったことはなかったってさ」
「なんだとぉおおおお!!!!」
激昂する武見を秋山はチラリと一瞥した後、彼をいなすように笑った。
慈善家が聞いて呆れる所業の数々に反吐が出そうだった。
自分の快楽の為に人を殺め、それを金の力で握り潰しのうのうと生きるこの男に、
なんとか社会的制裁を加えたいと機運を伺っていた。
その矢先、武見が直にまで魔手をのばそうとしたことが秋山の我慢の限界を超える結果となってしまった。
今の秋山にとって直の存在は諸刃の剣だった。
彼女の為に強い心を持ち続けることが出来るのも事実だが、直の存在が秋山の急所となりうることもまた事実だった。
それでも秋山は直への想いを止められなかった。
そんな彼女を貶められたと感じたからこそ、
秋山は武見に対して普段以上の冷酷さを持ってそれなりの報いを与えようとしたのだった。
「悪趣味も度を超えると大変だな、武見。」
「うううう、うるさいっ!!」
「さて、これを5億で買うか?はたまた世間へ流失させるか?お前はどっちを選ぶんだ?」
侮蔑の視線をぶつけながら秋山は映像を遮断させ、武見の鼻先へピアスをちらつかせた。
「大富豪で慈善家のお前が快楽殺人者だったなんておいしすぎるネタ、マスコミはほっておかないよな」
おかしそうに言う秋山に武見は噛み付くように叫んだ。
「そんな、そんなこと絶対にさせないんだから!!武見の力をあんまり舐めるな!!」
「じゃあ、お前はこれを買わないんだな...ふぅん分かったよ」
顔を真っ赤にして怒りを露にする武見の前で秋山は自らの携帯電話を取り出し、何らかの操作を行った。
そしてゆっくりとディスプレイ画面を武見へと傾ける。
「まずはネット流失ってところから始めてみようか?」
「はぁ???」
ぽかんと口を開けた武見は秋山が示した画面を見た。
そこには先程眼前に叩きつけられた己の犯罪の記録映像がまた晒されていた。
うろたえる武見を前にして冷徹な微笑を浮かべる秋山の手が送信ボタンへとかけられた。
「これからお前の映像を世界へ発信してやるよ...武見」
「なんだってぇえええええ!!」
「お前は世間の力で必ず抹殺される。その為の火種としてこれをネットへ巻けばどういうことになるか分かるか?
いくら言い逃れしようとこれだけ顔がはっきり映ってるもんな。もみ消しにかかってもネットに流失したものは怖いよ?
削除しても削除しても浮き上がってくる。こんな面白いものほっとくわけないものな。
噂が噂を呼び、憶測がお前を追い詰め、やがてお前の表の顔に支障をきたしはじめる。
そして頃合を見て俺がマスターテープをお前の息がかかってない警察の幹部に持ち込んでやるよ。
それが何を意味するか、分かるよな、武見」
「ああああああ」
「お前は快楽殺人者として裁かれるんだ。」
悪魔のような眼差しで迫る秋山は完全に武見を圧倒していた。
今度は顔を真っ青に染めた武見はブルブルと震えだし、床へと崩れた。
先手先手を打ってくる秋山の智謀に見事にはまった武見に残された選択権はもうひとつしかなかった。
「買うよ...」
「聞こえないな」
「買うよ!!買えばいいんだろ!!!5億でさぁ!!!」
破れかぶれに言い放った武見は秋山に三島から渡されていた5億の小切手を乱暴に投げつけた。
怒りに引き攣れた顔が醜悪に歪み、火のような憎悪を孕んだ目が秋山を睨みつける。
そんな彼を尻目に床へと落ちた小切手を秋山の繊細な指がつかまえていた。
「どうも、」
「くそーーーくそーーー秋山、あーきーやーまああああ」
「受け取れ、武見」
今にも襲い掛かってきそうな程壊れた目をした武見に向かって秋山はピアスを投げた。
綺麗に弧を描くように飛んでいったそれはすでにおかしくなっている武見の手にすっぽりと収まった。
「今度はちゃんと管理しとけ。付け込まれたくなければな...」
「うーーーーーーー」
武見の巨体が地団駄を踏んだお陰で部屋が微かに揺れていた。
口惜しがる彼には目もくれずに、秋山はネメシスが映るモニターへと視線を向ける。
それを待ち構えていたかのようにネメシスが労いの言葉を紡ぎだした。
『おめでとうございます、秋山様。あなたの勝利が確定いたしました』
「ではすぐにでも神崎直を解放してもらう。お前達の言い分からすれば彼女は俺のものなんだろう?」
『はい。手に入れられましたマネー10億と文書を交換されてください...それで彼女はあなたのものです』
「分かった」
ようやくこれで彼女を解放してやれる。
秋山は安堵の表情を浮かべて、事務局員が書類を持って現れるのを待っていた。





「あーあー、負けちゃった。でもしょうがないか...。」

さらりと落ちる長い前髪をかきあげながら、
ゲームの主催者である三島駿はひとつ溜息をついた。
別室でゲームを鑑賞していた彼は秋山が見事に勝利する様を軽んじたように眺めていた。
秋山が勝つのは当たり前のことだと三島は思っていた。
逆に武見ごときに簡単に負けてしまっては話にならなかった。
自分が知る秋山という男は逆境を全て跳ね除けて勝利できる力の持ち主だった。
実際に秋山は三島の仕掛けた罠をものともせずにゲームに勝利した。
だからこそ潰しがいがあるというものなのだ。
そういう秋山を完膚なきまでに叩き潰すことが三島の望みだった。
憧れて憧れて、そして憎い存在。
相反する二つの感情を秋山に対して抱く三島は、直に対して強い情愛を示す秋山を見て蔑むような笑いを漏らした。
「あんな女の為に君の素晴らしい知略を使うなんて愚かだよ、秋山」
くすくすと笑いながら三島は秋山が絶望する様を思い浮かべて身を震わせた。
あの冷静な顔が動揺して壊れていく様を思うと心がはやった。
秋山の存在によって抑圧されて捻じ曲がってしまった精神は、三島を更なる狂気へと駆り立てようとしていた。

「だけど、このままじゃあ終わらないよね...武見」

三島同様、内なる狂気を抱える武見は爆発寸前のように見えた。
秋山がそのボタンを押してしまうような行動にでれば、面白いことになろう。
その為に神崎直をゲームの賞品に仕立て上げるようなまわりくどいことまでしたのだ。
貶められた彼女の復讐を秋山ならば必ず行うはずだ。
そうなった時、武見がどのような爆発を見せるのか。
まだまだ鬩ぎ合いが続くライアーゲーム4回戦を三島は壮絶な笑みを浮かべながら見物していた。





「秋山さん!!」
谷村に連れられて現れた直は秋山の顔を認めると嬉しそうに顔を緩ませて駆け寄ってきた。
光がさす様なその笑顔に自然と秋山の顔にも笑みが浮かぶ。
ゲームで憔悴しきった心と身体に直の存在は清涼を降り注いでくれた。
「具合どうですか?熱は??」
「大丈夫。」
心配そうに覗きこんでくる直の頭を秋山はくしゃりと撫でた。
その手の熱さに直は眉を顰める。
先程触れ合った時より確実に高熱を発している秋山の頬へ直はそっと手を伸ばした。
「秋山さん、無理しないでください」
「直?」
「私、一生懸命看病しますから...だからこれからはもうゆっくり休んでくださいね」
直の柔らかい声音が優しく心に響いた。
触れてくる彼女の指が微かに震えている。泣くのを一生懸命我慢している証に秋山は目を細めた。
素直に思いを受け止めることはこんなにも心地よくてすがしいものなのだ。
今まで自分の中にこんな感情が芽生えていたことに気がつかなかった。
秋山は震える彼女の手を取るとその指先に唇をよせた。
「秋山さん、あっあの」
「ありがとう」
「...え?」
「お前のおかげで色々なことが分かった。自分が何を望んで、どうしたいかってことも...」
「秋山さん、」
「でも、まずはお前の自由を確保しないとな」
いつもの強気な口調でそう言った秋山は後ろでさりげなく視線を外してくれていた谷村に声をかけた。
「直を拘束している例の書類をくれないか...」
「ああ、いつ渡そうかタイミングを図っていたところだ。気づいてくれてよかったよ」
にやりと笑う谷村の金歯が今日は心なしか綺麗に見える。
直の清らかさに触れた谷村の邪念もこの4回戦を見守ることによって少しづつ薄れていった。
今ではなんとなくこの二人の今後が気になっている谷村は秋山に戦利品である書類を手渡した。
「これお前がものすごーく安易に印鑑ついて署名しちゃったやつに間違いないか?」
「秋山さん!そういう言い方しないでください。もうめいっぱい反省してるんですから」
からかう様な秋山の物言いに直は思わず口を尖らせた。
今更はっきり言われなくてもどんなに浅はかだったかは自分がよく分かっている。
大きな反省が波のように押し寄せてきて、直はしゅんとして俯いてしまった。
嬉しがったり、落ち込んだり...、自分の感情に素直な彼女を秋山は優しい瞳で見つめていた。
そして直をこんな目に合わせるきっかけとなった書類を手をかけて、それを破り捨てた。
「直、これでもう大丈夫だ」
「秋山さん、」
「もう二度とこんな目には合わせないから安心しな」
自分にも言い聞かせるように秋山は力強い言葉を直へと紡いだ。
彼女が自分にとって諸刃の剣のような存在だというのなら、
そして彼女にとっても自分がそういう存在だというのなら、
これからは自分が刃となり盾となって彼女を守っていけばいいのだ。
そんな誓いを胸に秋山はもう一つだけ残っている自分のするべきことに意識を傾けた。


「武見...」
秋山は床に這い蹲りぶつぶつと何事かを呟いている武見へと鋭い眼差しを向けた。
秋山の厳しい声にびくんと身体を跳ねらせた武見は怯えた色を瞳に浮かべていた。
「おかしなフリをしたって無駄だ。今から俺はお前の犯罪をリークする。」
コツコツと靴音を立てながら武見の傍まで来た秋山はしゃがむようにして彼を覗いた。
焦点のあわない混沌の只中にいる武見の目はますます爬虫類に近づいておぞましかった。
彼は冷徹に自分を眺める秋山をゆっくりと見上げた。
「5億払っただろ?そうだろ?そうだろ?」
「これはライアーゲームだぞ、武見。騙すことでその是非が問われるゲームだ。」
「だからって約束をやぶるのかぁああ?」
「約束?そんなものした覚えはないけどな」
秋山は残酷にそう言い放つと携帯を取り出した。
これで連絡をすれば全てにカタがつく。
武見によって人生を狂わされた人達の仇もとることが出来るだろう。
ゲームの勝利に多少の慢心があった秋山は目の前の男の微妙な変化に気が付かなかった。
しかし直は武見の奇妙さに気がついていた。
壊れた武見の声は直の心に不安を過ぎらせた。
このままこの男を責めてはいけないと直感が心の中を席巻していた。
なにかよくないことが起きる予感に直は突き動かされた。
「秋山さん、その人から離れた方がいいです」
「大丈夫だ。俺はこいつの情報をおとしてくれた人の思いを受けている。
あの情報を必ず白日の下に晒すっていう約束をした。それを守りたいだけだ」
「でも!!」
「大丈夫だ...」
武見に渡したフィルムもチップも全てが複製品だった。
本物はしかるべき人物に預けてあり、秋山が下すタイミングでそれを流す手筈を整えてあった。
「もう、お前は終わりだ...武見」
最後通牒を突きつけて秋山は携帯のボタンへと手を伸ばす。
その瞬間、武見の目が妖しく光った。
「あーきーやーまーーお前嫌い!!お前の大事なモノ壊してやる!!!」
「...なんだと?」
「ひーーーーひひひひひひひ」
耳を劈く嫌な笑い声を響かせた後、武見のいつのまにか手元へと手繰り寄せていたナイフを掴んだ。
そして狂気を孕んだ瞳を直へと向ける。
精神の限界を突破した男が凶行を行おうとしていた。
「何がライアーゲームだ、うそつきうそつきうそつき!!秋山の大好きな直ちゃんへこのナイフをプレゼントするよーだ」
べーと子供のように舌をだした後、武見は直へ手に持っていたナイフを放った。
彼のような男が投げたとは思えないくらいの速さと鋭さが直へと向かって牙を剥いた。
「直!!!」
「秋山さん、来ないで!!!」
咄嗟に動いた身体は自然と直へと走り出していた。
そして飛んでくる凶器に背を晒しながら秋山は直の身体を抱きこんだ。
「うっ!!」
「秋山さん!!!!」
皮膚を破る嫌な音が聞こえたかと思うと目の前の秋山の口の端から一筋の血が流れ落ちていた。
驚愕に見開かれる直の瞳には秋山の背に深々と刺さるナイフが映った。

「あ...きやまさん?」

秋山はそのまま直の胸の中にがくりと倒れこんできた。
彼の血液の匂いに酔わされて直もまた動けなくなった。


時間は止まる。



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またこんな展開...(汗 すみませんすみませんすみません 
2007.8.6るきあ

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