私達は片方の翼しかない天使です。
そして互いに抱き合って初めて飛ぶことが出来るのです。

ルチアーノ・デ・クレッセンゾ






「おいっ!」

いきなり目の前で倒れた直を秋山は抱き起こした。
軽く揺さぶってみるが青白い瞼は閉じられたままぴくりとも動かない。
完全に意識を失っている直の身体を秋山はそっと抱き上げた。
「秋山様、そんなことをしては、」
「大丈夫だ。」
彼の肩の状態を気遣って静止をかけようとしたエリーを遮り、
秋山は直を部屋に設えられていたベッドへと運んだ。
「すまないが見てやってくれ」
「分かりました」
エリーは促されるままに直の傍らへとより、眠っている彼女の様子を診た。
安心しきった様子で安らかに寝息を立てている彼女の表情は酷く穏やかだった。
おそらく秋山が傍に来たことで極度の緊張状態から解放されて気が緩んだのであろう。
彼女が秋山に大して本当に大きな信頼を寄せているかがよく分かった。
そして秋山自身も神崎直という存在を心の内で深く思っている。
本当ならば動くことさえままならない筈の身体と気持ちを奮いたたせて
直を守るためだけに彼はライアーゲームへと身を投じた。
秋山への私怨の為に仕組まれたこのゲームに自ら飛び込んだのはすべて彼女の為だった。
エリーは秋山の方を振り返りながら言った。
「秋山様、神崎様は眠っているだけです。あなたが来て気持ちが楽になられたんでしょう」
「そうか…」
エリーの返答にどこかほっとしたような様子の秋山はベッドの上の直を見つめた。
口元に笑みを浮かべて眠る彼女の顔はさながら天使のように映って見えた。
もう十分に巻き込んでしまっている直をこれ以上苦しめたくは無い。
彼女の平穏を守ってやりたい。
そんなやるせない思いに取り巻かれている秋山にエリーが静かに声をかけた。
「神崎様の気持ちをこれ以上踏みにじってはいけません、秋山様」
「…そんなこと分かってる」
「いいえ、分かっていません。彼女はいつでもあなたを赦します。
3回戦が終わって姿を消したあなたを彼女は赦しました。
そしてこんなことに巻き込まれた原因があなただと知ってもきっと彼女はあなたを赦すでしょう。
何故なら心で強く望むあなたがいてこそ神崎様の心は充たされるからです。
それほどまでの思いを踏みにじることを二度となさらないでください。
そして今度は覚悟して受け止めることです、神崎様の真っ直ぐな想いを…。」
「彼女の想い。。。」
反芻するように呟く秋山にエリーは頷いてみせた。
足りないのは秋山が直を受け入れる「勇気」だけだと思っていた。
神崎直の持つ純粋さを守れるのは秋山以外にはいなかった。
そして秋山の背負った心の傷を塞いでやれるのも直以外にはいなかった。
呼び合う二つの魂を裂くことなど誰にもできない。
秋山が自分の心に素直になることさえ出来れば、二人の未来は繋がっていく。
そう思ったエリーは敢えて秋山へ自らの心中を吐露していた。
「俺は、自分が関わらないことが彼女の為だと思っていた。」
憂いを帯びた秋山の眼差しがゆっくりと直へと注がれる。
望んでいけない存在として秋山は何度も、何度も直への恋情を封印しようとした。
前科者で、敵を多数抱える自分が傍にいることは彼女の為にならないと考えていた。
それでも止められない思いは逆に彼へ苦痛を与えていた。
胸を抉られる様な痛みを伴う心と向き合うことから逃げ出したかった。
報われない想いを引き摺るくらいなら、自分から終わらせてしまった方いいとさえ考えた。
自らのエゴふりかざした秋山は直を遠ざけ、大切な感情に蓋をしてしまった。
まるで自分自身に罰でも与えるかのように。。。

「荒唐無稽すぎてあんたにはおかしいだろ?俺は自分のことをまるで分かってないんだからな」
「今度は逃げなければいいだけの話です。ご自分の感情に素直になられてみてはどうですか?」
「簡単にいってくれる」
こともなげに言うエリーに秋山は悪態をついた。
それが出来なかったからこそ、このような事態を招いてしまったというのに
目の前の女はあくまでも冷静な姿勢を崩さないままに秋山のことを見据えながら言った。
「すべてはあなたしだいです、秋山様」
「心得ておく」
秋山がそう言った瞬間、機械音が響いて部屋にあった大型のモニターに電源がはいった。
そこに映し出されたのは4回戦を仕切るディーラー「ネメシス」の姿だった。

『お取り込み中失礼します、秋山様。そろそろ4回戦1ラウンドを開始したいのですが』
「1ラウンド?」
先程の憂いなどすべて飛ばして、秋山は鋭い目線をネメシスへと投げかけた。
絶対に負けられない戦いがようやく始まる。
その現実が秋山の心を一気に引き締めていた。

『あなたのお相手は3人のご兄弟。その一人と一人と合計3ラウンドでマネーの奪い合いをして頂きます。
どんな手段を用いてもかまいません。最終的にあなたが10億を奪い取り神崎直様を救い出せるか?
というのがこのゲームの趣旨です』
ディーラーらしく中立を装ってはいるがネメシスも三島とかいうゲーム主催者の手のものなのだろう。
自分に私怨を抱く「三島」とは一体誰なのだろうか?秋山には心当たりがまるでなかった。
しかし今はそんなことより目先のゲームのことだ。
直を人身御供に取られている以上、必ず勝たなければいけない。
酷い怪我も、得体のしれない三島という人物についても、
秋山にとっては絶対的不利なこの状況を打破して必ず直を助けてみせる。
それが今の自分が彼女にしてやれる唯一のことだった。
「御託はいい。さっさとゲームをはじめろ。」
牽制するように言い放った後、秋山はもう一度直の顔を見つめた。
気持ちを奮い立たせるために、強い眼差しを彼女へと注いでいた。
「行って来る」
秋山はそういうと、踵を返し部屋から出て行った。
直を助けるためのライアーゲーム4回戦が今、口火を切ろうとしていた。





「ん…」

直は目をこすりながらゆっくりと身を起こした。
ぼんやりと瞳を開けた直は自分が先程まで秋山が寝かされていたベッドの上にいることに気がついた。
「わたし、どうしたんだろう?」
自分の置かれている状況が把握できなかった直はそろりとベッドから降りて辺りを見渡してみた。
「秋山さん、いない」
若干の不安を抱えながら、直はエリーが控えているであろう次の間の扉を開けた。
「エリーさん、」
「神崎様、目を覚まされましたか。」
「はい、あの秋山さんは?」
恐る恐る問いかける直にエリーはモニターから視線を移しながら言った。
「あなたが眠っている間に4回戦が始まりました。今は2ラウンド目まで進んでいます」
「え…、」
いきなりの展開に言葉を失う直にエリーは不安を与えないような優しい眼差しを傾けた。
ただでさえ秋山に負い目を感じているであろう彼女にこれ以上負担を与えてはならない。
ずっと直を見守り続けてきたエリーはいつのまにか彼女を妹のような存在として捉えるようになっていた。
願わくば秋山と共にこのまま幸福になってほしいと思う。
それを手助けできれば自分を、父を混沌の中から救ってくれた直へのせめてもの餞となるはずだ。
その思いに順ずるように行動しているエリーは直をモニターの前へ来るように促した。
「秋山様は大丈夫です。2ラウンド目も勝利してもうすぐここへ戻ってきます」
エリーが指した先には先程直に暴挙を働いた3兄弟の一人と秋山の姿があった。




「何だよ!!お前なんか、僕達のお兄ちゃんがめっちゃくちゃにしてやるからな!!」
完膚なきまでに秋山によって叩きのめされた男は口惜しいそうに地団駄を踏んでいた。
罵詈雑言を喚き散らしながら、顔を真っ赤にして怒る男を秋山は冷ややかに一瞥した。
「負けた犬ほどよく吠える。目障りだからさっさと失せろ…」
低い声色で脅すように言う秋山の脳裏にあるのは次のラウンドの攻略法だった。
弟達は単純で何も考えていないところを付け込むだけで勝利できた。
数々の窮地を乗り越えてきた秋山の智謀に挑むには格下すぎる相手といえた。
しかし、彼等の兄は違う。
直に恥辱を負わせたあの男の顔を秋山は見知っていた。
男は母を死へと追いやったマルチ組織の幹部の一人で秋山が復讐の標的にしていた人物だった。
3年前の事件から旨く逃れた男は、表では寄付や融資を拒まない「紳士」として立ち回り
裏では人身売買に携わるシンジケートを取り仕切る首領として暗躍していた。
この事実をどうゲームへと利用するか。
秋山の頭の中で冷静に論理の組み立てが行なわれている最中に
邪険な彼の態度に腹を立てた男が秋山に向かって禁句の一言を吐いた。
「あ〜もうなんか頭にくる!!お兄ちゃんが勝ったらあの子のこともめちゃくちゃにしてやるからね」
瞬間、秋山の手が男の胸倉を掴みあげていた。
激しい憎悪を込めた目が男へと注がれる。
氷のようだった秋山に宿った熱さを感じて男はたじろいだ。
「戯言はいい加減やめておけ。言ったろ?俺は負けないって」
秋山の細い体のどこにこんな力があったのかというぐらいに首を締め上げられて男は掠れた悲鳴を漏らした。
悪鬼のように黒い焔を揺らめかせながら毒づく秋山の迫力は完全に男を凌駕していた。
「命が惜しいか?なら彼女を貶めるようなことを二度と、俺の前で言うな」
「わかっ…た…わかっ.。たから…は…なして…よう…」
男は情けない声を上げて恐怖に顔を引きつらせていた。秋山はそんな男を薙ぐように手を離した。
「お前の兄貴に言っておけ、俺はどんなことをしても勝つから覚悟しておけと」
秋山は哀れな風体で床を這いずる男を見下ろしながら冷徹に言い放った。
そしてそのまま踵を返し、会場となっていた部屋を出る。
下郎な連中を立て続けに二人も相手にして秋山の疲労はすでに最大限に達していた。
次のラウンドは1時間後に行なわれる。
それまでに少しでも身体を休ませておかなければならない。
色々なことが走馬灯のようによぎる中、秋山は直たちが待つ部屋へと戻ってきた。



「秋山さん!」

扉を開けると同時に今にも泣き出しそうな直の顔が飛び込んできた。
いてもたってもいられないといった風情の彼女は秋山の顔を見るとそのまま彼へと向かって飛び込んできた。
ふわりと彼女の腕が自分の背中へと絡む。
柔らかな直の香りを感じて秋山は嬉しそうに目を細めた。
「目、覚めたんだな」
「はい。こんな時に爆睡しちゃうなんてホントにごめんなさい」
すまなそうに告げる直を抱きとめながら秋山はくすりと笑った。
「大胆だね…」
「え?」
「君から抱きついてくるとはさ」
「あああ、ホントだ!!」

秋山に指摘されるまで気がつかなかった自分の行動に直の顔が真っ赤に染まった。
彼女のいつもどおりの反応が何故か新鮮に秋山の目には映っていた。
何処にいても、何をされても変わらない彼女の芯の強さにどれだけ自分は助けられてきたことか。
自分はどれだけそんな彼女を望んでいたのか。
やっと分かったような気がして秋山は自ら直の身体を強く抱きしめていた。

「秋山さん?」
「少し、疲れたんだ。お前の力くれる?」
「えと…」
「しばらくこのままでいて」

甘えるように言う秋山の身体がかなりの熱を持っていることに直は気が付いていた。
それは満身創痍の状態のままゲームへと挑んでいる彼が相当の無理をしている証であった。
直は乞われるがままに彼の背中に回した手に力を込めた。
こんなことで秋山の力になれるのなら、たやすいことだと直は思った。
直の持つ天使の心は優しく秋山を包み込もうとしていた。

「秋山さんの身体、凄く熱いです。熱…あがったみたいで心配です」
呟くように言う彼女に身を委ねていた秋山はゆっくりと顔を上げた。
蠱惑的な眼が直を捉えるように見つめる。
吸い込まれるような黒曜の瞳にとらえられ、直は動けなくなった。
「俺は大丈夫。それより手、だして」
「手…ですか?」
「うん」
秋山に促されるままに直は彼に向かって手をさしだした。
「消毒。」
そう言って秋山は直の手の甲へと口付けをした。
驚きのあまり声もだせなくなってしまった直を尻目に
秋山の優しい感触が先程男に汚された場所を丁寧に拭っていった。
「あ、秋山さん」
「まぁ、これでいいか。消毒完了だな」
にやりと不敵に笑う秋山はいつもの彼そのもので直にはそれが嬉しくてたまらなかった。
秋山が自分の前から消えてから、寂しさが常に直の心につきまとっていた。
表面上は平和でも心は満たされる事の無いまま、空虚な思いだけが残存して直を傷つけていた。
けれど、今は違う。
秋山は自分の隣にいてくれる。
たったそれだけのことが直へと力を与えてくれていた。
信じる思いの強さを力にかえて、直もまた秋山と共に戦おうと心に決めた。
何があっても目を逸らさないでいようと心に誓う。
秋山のすることを全て見守ることで彼へ力を与えることができるのであれば…。
そんな真摯な決意を胸に秘め、直は秋山へ向かって輝くような微笑を傾けた。

「秋山さん、一つだけお願いがあるんですけど聞いてもらえますか?」
「なに?」
「絶対に、絶対に聞いてもらえますか?」
途端、真剣な表情に変わる直の迫力におされて秋山は勢いで頷いていた。
こんな彼女を見るのは初めてのことで秋山は多少面食らった様に直を見返していた。
「そんなに念押さなくても、ちゃんと聞くよ」
「よかった」
ほっとしたように言ったあと、直はごくんとひとつ唾を飲み込んだ。
恥ずかしいけれどきちんと言葉にして伝えなければならないと思った。
心臓は早鐘を打つように音を立てている。
直は声を震わせながら一生懸命言葉を紡ぎだした。
「このゲームが終わっても私から離れないでもらえませんか?」
「お前…、」
「私は秋山さんとずっと一緒にいたいです。何があっても秋山さんの傍にいたいんです」
最後には涙交じりの声になりながらも直は必死で思いを告げた。
秋山のいない寂しさをもう二度と味わいたくはなかった。
この告白が彼にとって迷惑なのはよく分かっている。
それでも言わずにいられなかったのは、秋山を失いたくない一心からのことであった。
「…お前、先に言うなよ」
「え?」
「そういうことをお前が先に言うな」
少しだけ憮然とした表情の秋山の手が直の頬へと伸びる。
包み込むように触れてきた彼の手がとても暖かく感じられて、
直は浮されたような目で秋山を見つめた。
「約束…な。」
「秋山さん、」
「もう離れないって約束する。」
秋山の顔が直へと近づいて、そのまま彼の唇が重ねられた。
優しいキスが秋山の心を露にして、直を溶かしていきそうになる。
深く、強く絆を確かめ合うように、
もう離れないように、
誓いの口付はお互いを貪る様に交わされていた。

「約束、ちゃんと守るから、だから俺が何をしても見放さないでくれ」
「秋山さん、そんなこと、」
「俺は本当はこのゲームでの俺をお前に見せたくない。はっきりいって今、本当に余裕がない。
だから、背に腹は変えられない行動を取ると思う。汚いこともすると思う。
お前が嫌だと感じることを俺は多分するだろう。それでもいいか?」
自分の思いを言葉に乗せた秋山に向かって直は同意を告げるように頷いて見せた。
「大丈夫です。私は秋山さんが嫌!っていっても離れませんから」
「お前、」
直の素直な思いが秋山の心を貫いていた。
こそばゆいほどにまっすぐに自分へと愛情をむけてくれる彼女を愛しいと秋山は思った。
この笑顔はなんとしても守ってみせる。
それにはあと1戦、ゲームに勝てば彼女を自由にしてやれる。
秋山の中に闘志のようなものが芽生えたとき、モニターが点灯し、画面にネメシスの姿が現れた。

『秋山様、第3ラウンドを開始いたしますのでどうぞ会場までお越しください』

「秋山さん、」
不安そうに見る直の手を取り秋山は包むように握り締めた。
こんな顔は自分がいる限り二度とさせはしない。
決意を込めた眼差しを直へと注ぎ、秋山は彼女の額へと唇を落とした。
「俺は負けない。だから待っててくれ」
「はい、秋山さん」
直の希望に満ちた声に励まされて秋山は再びゲーム会場へと足を運んでいった。
暗く淀んだ気配に支配された部屋には既に対戦相手である3兄弟の兄が到着していた。
彼は鋭利なナイフを手で弄びながら、にやにや顔で秋山のことを眺めていた。
「遅かったねぇ〜あの子と睦みあってでもいたのかな??」
男は卑しい目つきで秋山のことを全身舐めまわす様に見ていた。
爬虫類を連想させる雰囲気は先程対峙した弟達よりも濃いものだった。
「久しぶりだな、武見」
「へぇ、覚えてたのか…中々執念の人だね、キミも」
武見はくすくすと笑うと同時に秋山へ向かって持っていたナイフを投げつけた。
空気を裂いて飛んできたそれは秋山の頬を掠めて脇の壁へと突き刺さった。
「3年前の借りと弟達が受けた仕打ちの礼はきっちりさせてもらうよ、秋山」
語気を荒げていきりたつ武見を秋山はちらりと一瞥しながら言葉を返した。
「どうぞ、ご自由に」
さらりとかわす秋山の態度に腹を立てたらしい武見は秋山の傍へとにじり寄ってきた。
「そんな態度とっていいのかな〜??あんまりキミがききわけが悪いとね、
直ちゃんのお父さんが酷い目にあっちゃうよ?」
意味深長な言葉を投げつけ、武見はパチンと指をならした。
すると先程まではネメシスがいたモニターに病院のような場所が映し出された。
ベッドには点滴に繋がれた一人の男性が横たわっている。
「これは…、」
秋山は思わず息を飲んだ。
画面の中の人物は直に見せられたことのある写真の父親の顔と合致していた。

「お父さん!?」
秋山の様子を見守っていた直も父の姿を見つけていた。
院内に忍んだ武見の手のものはご丁寧に眠っている彼女の父親をクローズアップした画像を送りつけてきた。
いつでも彼に手をだせる準備があるというこれは武見側の脅迫であった。

「悪いね、秋山。でもこのゲームはどんな手段を用いてもいいって話でしょ?
直ちゃんのお父さんに手をだされたくなければさっきの5億、返してもらおうか」
狡猾な笑みを浮かべて武見は秋山の様子をちらりと仰ぎ見た。
さぞかし呆然としているかと思いきや、秋山は忍び笑いを漏らしながら面白そうに画面を見つめていた。
「秋山、何がおかしい?」
「5億ねぇ、ほんとにこんなことで取り返せると思ってんのか?お前」
嘲るような秋山の口調に武見は瞬時に頭に血がのぼった。
ゲームを有利に進めているのは自分だという自負がある武見は
イライラとしたような様子で床を踏み鳴らし始めた。
そんなことなどものともせずに秋山は先刻、武見が投げつけたナイフを壁から抜き取った。
「武見、」
地を這うような掠れた低い声で秋山は牽制を仕掛けるように彼の名を呼んだ。
そしてゆっくりと武見へと迫っていく。
やがては部屋の中央に備えてあるテーブルを挟んで二人は互いに睨みあう形になった。
「武見、俺は今ものすごーく腹がたってる」
「は?だからなんだよ、」
「だから俺は自分で自分を止められないんだ!」
そう言いながら秋山はナイフを武見の手に向かって思いっきり振り下ろした。
骨を貫通する嫌な音と共に、テーブルへと縫いとめられた武見の口から断末魔の叫びがあがった。
「あ、秋山ぁあああああ!!!!お前何するんだ?直ちゃんのお父さんがどうなってもいいのかあああああ!」
脂汗をぎとらせながら激しく咆哮する武見を秋山は冷めた笑いを浮かべながら見つめていた。
「人のことより自分のことを気にしたらどうだ、武見」
「なんだとおおお?」
「お前は彼女の父親には手は出せない。なぜなら…」
くいと視線を下げて秋山は武見の顔を覗き込んだ。
「俺はお前が隠したいと思っている事実を掴んでいるからな」
勝ち誇ったように言い放つ秋山を武見は口惜しそうに見つめた。
どんな必勝方法を秋山は使おうとしているのか。
その真意を推しはかることができないままに二人の対峙は続いていた。





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2007.7.29るきあ

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