「神崎直を4回戦に進ませない為の金を、お前が払え」


エリーに伴われライアーゲーム主催者であるハセガワとの会談を果たした秋山は
まず、その旨を彼に約束させていた。
直の運命を勝手に弄び、それによって「救われた」というのであれば
ここで彼女をゲームから抜けさせることに何も問題はあるまい。
真摯な態度で自分を見る秋山の瞳に澄んだ色が宿り始めたのをハセガワは見逃さなかった。


「お前も救われたのだな、彼女によって」
「余計なことはいい。神崎直に救われたと思うのなら今度はお前が彼女を助けろ」
「ふふ、よかろう」

誰かの為に動くことなどなかったであろう秋山深一が
他並ぬ彼女の為に尽力する姿にハセガワはほくそ笑んだ。
彼もまた救済を得たのだと、心の奥から感じとった瞬間だった。
秋山の姿を自分と重ねていたハセガワは人生の最後の最後に「希望」を見出すことが出来た。
神崎直が自分達にもたらした「光」の世界を秋山の変化を通して感じることが出来たのだ。
彼は喉の奥から掠れた笑い声を漏らした。これで、もう思い残すことはあるまい。
後は、秋山の言うように周到な手段で巻き込まれた者たちを救ってやらねばと思った。

「神崎直も、お前も...全員がゲームから抜けられるようにしてやる。」
「では、今すぐそうしろ」

秋山は努めて冷静にそう告げた。
怒りはもうない。あるのはこの男に対する憐憫の情だった。
非情に生きたこの男の末路は哀れだと思った。
こんなゲームを仕掛けて、人の落ちていく様を見物することでしか心を満たすことが出来ない。
そんな風にしか人の価値を見出せないハセガワを憐れみをこめた眼差しで秋山は見ていた。

「さあ、手続きはすんだぞ。秋山深一...これでお前たちはもう自由だ」

秋山が思考を泳がせている間にどこかで連絡をとっていたハセガワは嫣然とした笑みを向けた。
そして何事かが記された書類を秋山へと手渡す。
それは直をはじめとする全員がゲームを抜けるための
ペナルティ金を支払った旨が記載されている「領収証」だった。
黙ったまま書類を見つめている秋山にハセガワは重々とした面持ちで問いかけた。

「お前はこの後どうするのだ?彼女と共に歩む道を選ぶのか?」

ハセガワの問いに秋山は首を横に振った。
ゲームが終われば彼女との関わりはもたないと心に決めていた。
自分と彼女とでは余りにも違いすぎる。
清らかな直の心を翳らす脅威になりうる自分にとっては彼女は禁忌の存在だった。
自分などが触れてはならない、綺麗なもの。
そんな風に直を捉えている秋山の中に彼女と未来を描く選択肢は存在しなかった。
身の内にかかえる破滅願望がどこか秋山を厭世的にしていた。

「そんなことは望まない。俺は神崎直をこのゲームから抜けさせてやりたかっただけだ」
「お前も、中々生きづらい性格をしている」
「余計なお世話だ。」

自分の返答にニヤリと笑うハセガワに背を向けると秋山は部屋からでていこうと歩みを進めた。
そんな彼に向かってハセガワが意味深長な言葉を投げかける。

「ライアーゲームの他の主催者に気をつけるんだな、秋山深一。」
「......なんだと?」

肩越しに振り返って秋山はハセガワを睨んだ。
秋山の射抜くような視線などもろともせずにハセガワは言葉を続けた。

「お前は自分が思う以上にゲームの駒として注目されている。付け込まれないように気をつけろ」
「…心得ておく」

ぶっきらぼうに言い放って秋山は部屋を出て行った。
残されたハセガワの口からは微かな笑い声が漏れていた。

「秋山、それでもお前は巻き込まれるんだ。」

ハセガワは落ち窪んだ瞳を伏せて秋山の未来に思いを馳せる。
彼女同様、清廉な魂の持ち主である彼に今度の地獄は耐えられるであろうか?
神崎直の力なくして、それを乗り切ることができるのであろうか?
残念ながらそれを見守る時間は自分には残されてはいまい。
ハセガワはひとつ溜息をつくとベッドへとその身を横たえた。そして静かに目を閉じる。


秋山が預かり知らぬところで動き出している「奈落」の現実を憂いながら。




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2007.7.4るきあ

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