「ヨコヤ…俺はお前をつぶす」


あらん限りの憎悪をヨコヤへと叩きつける秋山の姿を
直はもうこれ以上見たくはなかった。


一体どうすれば、悲しい瞳をしたこの人を救うことができるのだろう?

どうすれば秋山の心に「光」を取り戻すことができるだろう?



疑問は果てないままに直はヨコヤとの対峙を迎えようとしていた。
ヨコヤノリヒコ、秋山の母を死に追いやったマルチの首領。
得体の知れない相手を思い、直は微かに震えた。
出来ることなら逃げ出したい、でもそれは出来ない。
そんなことをしたら秋山を助けられなくなる、
彼が自らを自傷していくのをやめさせることが出来なくなる。


【私だって秋山さんの力になりたい】


そんな真摯な想いだけを武器にして、直はヨコヤの到着を待っていた。






防音の解かれた検査ルームでの会話が秋山の耳に届いていた。
直の決意に満ちた声が彼を惑わせる。
彼女はヨコヤに言った。

『秋山さんに謝ってください』と。

どこまで馬鹿な奴なんだろうと思った。
そう単純にいかないのが人の心だというのに、直の純粋さは全てを超えてくる。
彼女の言うことが真理なのだと思わせられる程の強い願いの力は
徐々に秋山の根底を揺るがせはじめていた。


『私は信じたいんです。本当に心の底から酷い人なんてこの世の中にはいないんだって』


彼女は切々とヨコヤへ向かって自らの気持ちを説いていった。
瞳の中に厳しさと慈愛とを携えて直はヨコヤをまっすぐに見据えていた。
そんな彼女の姿を秋山は美しいと思った。
いつもいつも泣いてばかりいた少女のどこにこんな強さがあったのだろう?
秋山は目を細めて、食い入るようにモニターを見つめていた。





「人が憎しみあうことに意味なんてないとないと思います。
復讐なんかしたって二人の苦しみは決して消えません。
だから私は救いたいんです!秋山さんのことを...、ヨコヤさんのことも」

直は言いながら秋山へと思いを馳せた。
この会話を聞いている筈の彼に、自分の気持ちは届いただろうか?
そして目の前にいるこの人にも自分の思いは伝わっただろうか?
復讐なんてしても、何も満たされることなどない。
ただお互いを傷つけ貶めるだけで、幸福など決して生まれないのだ。
それに気づかない限り、秋山の闇は消えることはない。
そんな不毛な連鎖を直はなんとか断ち切りたいと切望していた。


「ヨコヤさん、秋山さんに謝ってください」

ヨコヤの心からの謝罪があれば、お互いが救われる。
秋山とヨコヤの意味のない戦いを止めることが出来るはずだ。
清廉な心でヨコヤに対峙した直は、
その純粋さ故にヨコヤをも信じようとしていた。


「あなたのおっしゃるとおりです。私は取り返しのつかないことをした。
許してもらえるとは思えませんが、私には他に言葉もありません...
秋山くん、私が悪かった。本当に...、本当に申し訳ありません」

直の言葉に反応するようにヨコヤは立ち上がり、モニターの向こうの秋山へと頭を下げた。
不意うちのような出来事に秋山はどこか違和感を感じていた。
ヨコヤの殊勝な態度の裏に隠された真意を秋山は敏感に嗅ぎ取っていた。

「まさか…」

秋山の胸に言い知れぬ不安がよぎった。
ヨコヤは、あの男は神崎直の思いを踏みにじる。
そんな確信が秋山の心を貫いた。

「おい、」

秋山は検査ルームへと続くゲートの前に立つエリーの元へとにじり寄った。
そして鋭い目線で彼女を睨み付ける。
青く揺らめく秋山の中の焔が燃え始めるのをエリーは感じ取っていた。

「ここを開けろ」

地を這うような低い声を放ちながら秋山はエリーに詰め寄っていた。
そんな彼をエリーは事も無げに一瞥する。
無機質な瞳を傾けながら静やかに言い放った。

「検査官と密輸人以外は立ち入り禁止ですとお伝えしたはずですが?」
「いいから、開けろ!!」

『秋山くん』

感情が破裂しそうになった瞬間、ねっとりとした声でヨコヤが自分の名を呼んだ。
振り返ってみると、そこには嘲るような笑みを浮かべたヨコヤが
「カンザキナオ」と書かれたカードを手に勝ち誇ったようにビデオカメラを覗き込んでいた。

『秋山くん...、私は神崎さんのカードを手に入れましたよ。」

忍び笑いを漏らしながら直のカードを弄ぶヨコヤの姿を見て秋山はギリと唇をかみ締めた。
心の奥底から怒りが湧き上がった。
直の真摯なまでの願いを踏みにじってまで
ゲームに勝とうとするヨコヤの愚かしさに反吐が出そうになった。
あんな男が彼女を貶めることなど許さない。
秋山の中の「獣」が牙を剥き始めた。

『このカードとあなたが持っている火の国の3人のカードを交換しましょう
それによって火の国の3人は莫大な借金を背負うことになりますが。。。
神崎さんと、この3人とどちらを選ぶかはあなたが決めてください』

そういうや否や、歪んだ笑みに顔を引きつらせてヨコヤは大声で笑った。
勝機を悟った余裕の声を後ろにして秋山はもう一度ゲートの前へと立った。

「………ここを開けろ」

激しい怒りを孕んだ瞳で秋山はエリーを見据えた。
これ以上、この女にもヨコヤにも好きにはさせない。
神崎直の心を傷つけることは誰にもさせはしない。
冷静な中に熱い焔を滾らせた秋山は新たな強さを身につけてエリーの前に立っていた。
そんな彼の変化にエリーはひとつ微笑むとロックを解除するボタンを押した。

「お行きください、秋山様」

扉が開くと同時に秋山は走った。
無謀な戦いを一人で挑んでいる直の元へと。

早く。



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