秋山がいなくなったあの日。


直は泣きながら、町をさまよい彼を探した。
こんな不意打ちのような別れを直は受け入れることが出来なかった。


『こんなの何かの嘘だ』


直は探した。
声が枯れるまで…。
足が傷だらけになって歩けなくなるまで…、



秋山を探し続けた。





3年後・・・

「さて、行くかな。シン…お留守番よろしくね」
そんな直の問いかけにシンは「にゃん」と答えた。
名前をもらった人同様に賢くて、あの日以来ずっと直の支えになってくれている大切な存在。
直はシンに向かって微笑みかけ、いってきますと声をかけた。


「さて今日の仕事はっと」
今は立派な社会人である直はスケジュール帖を片手にすたすたと歩いていた。
大学は3年前に父が亡くなってすぐに辞めた。
秋山が消え、父を亡くした悲しみが直を襲い、それが彼女を絶望の淵へと追いやった。
なにをする気力も湧いてこず、無気力なまま大学に退学届をだした。
その後は食べることも、眠ることもおろそかになり、内側へと閉じこもるようになってしまった彼女に
大きな転機が訪れたのは2年前、ある意外な人物が彼女の部屋を訪ねてきてからのことだった。




『ヨコヤさ、、、ん?』
『久しぶりですね、神崎直さん』

黒髪になってはいるが、間違いない。
ライアーゲームで最後まで秋山と死闘を繰り広げたヨコヤノリヒコが直の前に立っていた。
『私に、なんの用ですか?また利用でもする気ですか!!』
思わず声を荒げて直はヨコヤを睨んだ。
彼を見るとあの時の感情が蘇ってきて胸が熱くなった。
秋山を傷つけるために、彼をゲームへと誘い込んだ張本人…
あんなにまで秋山を追い込んだ男が何故ぬけぬけと自分の目の前にいるのだろう?
未だ忘れえぬ感情が直の中で弾ける。そんな闘志みなぎる彼女をヨコヤの手が制した。
『待ってください。私はあなたと争うつもりなど毛頭ありませんよ』
穏やかに言うヨコヤに直はすかさず噛み付いた。
『嘘!!あなたの言うことなんて信じられませんから、だってあなたは秋山さんを傷つけて、』
『そんなあなたを傷つけたのは、秋山くんじゃないんですか?』
たたみかけるように言われ、直は思わず黙った。
この男は何をいいたいのだろう?秋山に去られた自分を蔑みにでも来たのだろうか?
呆然とした瞳で自分を見つめる直にヨコヤはゆっくりと頭を下げた。
『失礼、言葉が過ぎましたね。私はあなたにこんなことを言いに来たわけではないのです。』
『………、』
『私を助けては頂けないでしょうか?神崎直さん。』
『え…?』
意外な言葉が彼の口から漏れた。直は驚いてヨコヤを凝視する。
するとヨコヤの真摯な眼差しが直の目に飛び込んできた。
以前の彼とはまったく違う真剣な様子に直は面食らった。
『助けるって、何を?』
『あなたのまっすぐな心根で私を更正しては頂けませんか。』
『…は?』
ここまで聞いた自分が馬鹿だった。
ヨコヤは自分をからかっているのだ、そうに違いない。
直はぶんぶんと頭を振るとヨコヤの体を玄関から外へと押し出した。
『もう帰ってください!!』
『神崎さん、からかいではなく、私は真剣なんです』
閉められる扉の隙間からヨコヤは必死で声をかけてきた。
しかし直は聞く耳をもたなかった。

その後、このような攻防戦が1週間、毎日のように繰り広げられた。
ヨコヤは直の元へ日参し、毎日毎日、直が呆れるほどに「自分を助けてくれ」と訴え続けた。
自尊心の塊のようだった彼のそんな様子は最初はまるで冗談のようにしか映らなかった。
それがいつしか彼の精一杯の誠意であると気が付いたとき、とうとう直は折れた。
あまりに執念深い「お願い」に根負けした直は
ヨコヤこと横矢紀彦の秘書として彼の会社で働くことになったのだった。




「おはようございます、社長」
「おはよう、神崎さん」

朝の挨拶を横矢と交わし、自分のデスクへと座る。
先程チェックを済ませたとおりに今日の仕事の段取りを決めるべく思考を巡らせる。
するとそこへ横矢が顔を覗かせてきた。

「今日の私の予定はどうなっていますか?神崎さん」
「それよりも社長、いつものアレ…まだやってませんよね?」
「アレ…。まだやらなければいけませんか?」
あからさまに表情が曇る横矢に直はしっかりと言い放った。
「アレをやる約束で、私此処にお勤めさせて頂いているってことよもや、忘れてませんよね?」
「はい、しっかり覚えています。分かりました。」
渋々と返事を返すと横矢は自分のデスクに貼ってある「社訓」を大声で読み始めた。
これは直が作成したもので、始めは横矢更正プログラムの一環(笑)として使用していたものだったのだが
いつしか社訓となるくらい、「ヨコヤコーポレーション」内では深く浸透していた。
それほどに直がこの会社に与える影響は多大なものだった。
実際、秘書としての彼女は有能であった。
ライアーゲームを自身の正直さで乗り切った彼女に新たに芽生えた力は直を更に輝かせるようになった。
人を蹴落として昇ろうとする傾向の横矢の本能を直の「バカ正直さ」が制御した。
横矢の価値観を変化させることから始めた直は、上手く自分寄りの考えに彼を導いていった。
それが程よく作用したせいか、仕事も順調に回り始め、二人は仕事をする上ではベストパートナーとなっていった。

「終わりましたよ、神崎さん」
「はい、結構です。これでまたマスコミ好感度NO,1の素敵社長さんの出来上がりですね」
「神崎さん、心がこもっていませんよ。」
「ばれました?」
しれっと言い放つ直に向かって横矢は苦笑を浮かべた。
2年前の彼女からすれば、随分元気を取り戻したものだと思った。
秋山を失い、生きる気力をも失った彼女に自分の再生を頼む無茶をしようと思ったのは何故だったのか。
横矢自身も計り知れない感情がそこにはあった。しかしそれが結果的に彼と直を助けることとなった。
直は横矢を導くことで生来の明るさを取り戻し、横矢はずっと抱え続けた焦燥感を掻き消すことが出来た。
「人」としての在り方をその身をもって教えてくれた直に横矢は言い知れぬ感謝の意を抱いていた。
今度は彼女が望みを手に入れる番だと横矢は思った。
直の望みはたった一つ、
秋山深一。
彼女の前から忽然と姿を消したあの男は今何をしているのだろう?
ふとそんな思いにとらわれていると、鬼の秘書である直が厳しい瞳で自分を見つめていた。
「社長、よろしければ今日の予定を説明したいのですが…?」
「……、神崎さん、その前に一つ聞いてもいいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「立ち話もなんですからそちらへどうぞ」
社長室に設えられたソファへと場所を移し、二人は向かい合うようにして座った。
いつもの様子とは何処か違う横矢に直は首を傾げた。
「どうかしたんですか?」
「神崎さん、そろそろ秋山くんに会いたいのではないんですか?」
「え…。」
いきなり核心からはいった横矢の問いかけに直は瞬時に固まった。
忘れたくても忘れられない大切な人。
突然消えてしまった秋山への恋情は未だに冷めることはない、
むしろあの日から半身をもがれたような思いが直の中で燻り続けていた。
何故、いなくなったのか…。
その訳もわからないままに、心はあの時に置き去りにされたままだった。
直は力なく笑うと、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

「会いたければ、多分…秋山さんの方から来るでしょう、私の居場所は知っているんですから…。
それでも来ないのは秋山さんが私に会いたくないってことですよね。
私、秋山さんに避けられているの、最初は分からなくて、ずっと彼を探していました、でももう…、」

気丈にそう言う直が痛々しく映る。
恋情や愛情とも違う思慕の情、そんなものを横矢は直へと感じていた。
願わくば彼女の望みをかなえてやりたいと思う。
恋人を前に逃げ出すような男など本来ならば許しがたい。
けれど直が望むのは秋山だけ…。
まるで家族を思うようなそんな気持ちで横矢は直の行く末を案じていた。




「今日もまた遅くなっちゃったな。」
山積みの仕事を片付けて会社を後にしたのは午後10時過ぎのことだった。
我ながらよく働くな、と思わず自画自賛したくもなった。
仕事をしていれば、秋山のことは考えないですむ。
そんな逃避から没頭した仕事ではあったが、今ではそれが楽しいと思えるようになっていた。
故につい、力が入りすぎてしまう。
家にはシンという可愛い家族も待っているのでやりすぎには気をつけようを直は思った。
「さて、つーーいた。あれ??」

秘書として洞察力の身についた直は即座に異変を感じた。
アパートの手前の道路に赤黒い斑点模様がのようなものが散らばっているのを直は見つけた。
「これって血?」
直は訝しげな表情を浮かべ、その痕をたどる。
点々と続く血は自分のアパートの方へと続いていた。
そして、アパートの玄関先にうずくまる一つの影を見つけて直は大きく目を見開いた。

「秋山さん!?」

頭をたれていて顔は見えないが、見間違えるはずもない。
直は必死で走り、秋山の真横へと膝をついた。

「秋山さん、どうしたんですか!?秋山さん!!!」

直は呼びかけにも反応しない彼の肩を取り、軽く揺さぶってみた。
すると力の抜けた秋山の体はぐらりと前のめりに倒れこんだ。

「秋山さん!!…え?」

咄嗟に彼を支えた直の瞳に信じられないものが映った。
秋山の腹に深々とナイフが刺さっていた。
そこから血が止め処もなく流れ落ち、彼の纏うシャツを紅へと染めている。
先程道路に散らばっていた血痕は秋山のものだったのだ。
直は軽い眩暈を覚えた。
秋山が何故、こんな目に??
そんな疑問を抱きながらも直はきりと唇を引き結んだ。
今しなければならないこと、それは秋山を助けることだった。


「秋山さん、しっかりして。今助けます!!助けますから!!」

涙が零れ落ちそうになるのを堪えて、直は必死で秋山へ呼びかけた。

「死なないで!!」


直の悲痛な叫びだけが虚しく辺りに響き渡っていた。




NEXT


ああ、終われない。・゚・(ノД‘)・゚・。よこやんでばりすぎーー(爆)
ヨコヤノリヒコ=横矢紀彦にしたのは適当な当て字です。
何もかも本当にごめんなさい。ヘ(゜ο°;)ノーン


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