「エリー、本当にいいのか?」

金歯の男、谷村が訝しげな目つきでエリーの端整な横顔を覗いた。
無遠慮な視線にもエリーは眉一つ動かさず、冷徹な眼を谷村へと向けた。
「何がですか?」
「あんたが勝手にゲームを翌日まで引き伸ばしたことだよ。何故あの二人に助け舟をだす?」
谷村はさも面白くなさそうにそう言い放つと、
直と秋山が休んでいる部屋のモニターを見ようと身を乗り出した。それをエリーの腕が制止する。

「お止めなさい、無粋ですよ」
冷ややかな嘲笑が勘にさわり、谷村は一つ舌を打った。
この女がいくら『あの方』のお気に入りとはいえ、勝手が過ぎる。
ゲームを円滑に進めることも事務局員の大いなる使命の一つだ。
それに反した行動をとっておきながら、エリーは変わらなく自分達の上に立っている。
それが谷村には気に入らなかった。

「なんでそこまでしてやらなければいけなのかが分からないね。
秋山に自分を取り戻すチャンスを与え、生かそうとする意味は一体なんなんだ?」
不機嫌な表情を隠そうともせず谷村は吐き捨てるいうにそう言った。
「意味…?」
蠱惑的な調と共に鮮やかな微笑みがエリーの口元に浮かんだ。
ぞっとするような壮絶さを感じるのは日頃決して笑顔を見せない彼女ならではであろう。
谷村は瞬間的に背中が凍るのを感じていた。
「そうですね、秋山様と神崎様…二人揃って進んでいただくことに意味があるのだと言っておきましょうか」
何を考えているのか分からない硝子の瞳はそれ以上もう何も語らなかった。
ただ一つ言えるのはモニターの向こうにいる二人の運命は未だ事務局に握られている。
それだけは変わらない事実だった。






「秋山さん…、」

離れがたくて、どちらともなく繋がれた手から伝わってくる秋山の体温。
温かい…というよりは熱さを感じる。
直は大きな瞳を開いてじぃと子リスの眼差しを秋山へと傾けた。
「なんだよ…」
あんまりにもしっかりと見つめられて秋山は思わず目をそらした。
知っているのか知らないのか、この天然娘は時折小悪魔に変身する。
彼女に対する思いをしっかりと自覚してしまった今、
心が鷲づかみにされそうになるのを秋山は持ち前の強い理性で抑えた。
そんな彼の心中を察することなどまるでない直は更にずいっと秋山の顔を覗き込んだ。
「ちょっといいですか??」
「え…」
絶句する秋山に構いもせず、直は秋山の額に自分の額をあわせた。
「あっ、あつーーーい。秋山さん熱がありますよ!!」
彼女の綺麗な薄茶の瞳が心配そうに緩んだ。
そして今度は掌で額へと触れてくる。
予測不可能な行動に秋山は呆然としたままだった。
「やっぱりまだ具合よくないんですね、やすまなくっちゃ…いや冷えピタいるかな?
薬とかもらってきたほうがいいのかな。。。あーーーどうしよう!!」
ひとりパニックに陥りそうな直を見て秋山は苦笑を浮かべた。
先走る彼女をいかに諌めようか…
しばし考えをめぐらせた後、秋山は直の手を取った。

「直…」

ぐいと強い力で引き寄せられて秋山の横へと座らされた。
優しい笑みが直をとらえる。どきりと胸が高鳴り、直は動けなくなった。

「傍にいてくれ。」

心の底から出た言葉だった。
薬よりも何よりも今は直が傍にいて欲しいと思った。
秋山はそのまま彼女の肩へこくんと頭を傾けた。
甘えるように、直へと身体を預けてそのままゆっくりと目を閉じた。

「秋山さん、」
「少し寝る…。」
「はい」

すっかり落ち着いた直は秋山へと毛布をかけてやった。
そして自分も彼の方へと身体を寄せる。
今まではなかった距離感にまた胸が高鳴る。
秋山が自分を信頼してくれているのがこんなにも嬉しい。
そんな幸福な気持ちに酔いながらいつしか直も眠りへと落ちていった。







「まったく…、」

先に目を覚ました秋山は隣で眠っている直を見つめていた。
彼女の体温を感じながら秋山は母を亡くして以来はじめてちゃんと眠れた。
今まで睡眠は悪夢への誘いにしかならず、常に不眠に悩まされていた。
それを一瞬で解消させてしまう神崎直という存在。
今まで感じたことのない感情の発芽に秋山は少し戸惑いを覚えた。
「ライアーゲーム」という不毛なゲームによる繋がりだけだと思っていた直が大きな存在になって自分を超えてくる。
けれどそれすらもまた心地よい。
主導権が完全に逆になってしまっている状況に秋山は苦笑を漏らした。
そんな人の気も知らないで安らかな寝息を立てて眠る直に向かって秋山は優しい笑みを傾けた。


「…楽しそうだね、秋山君」


瞬間、秋山の顔に鋭さが戻る。
いつものきつい眼差しがきらりとその声の主を睨みつけた。

「なんの用だ、ヨコヤ?」

視線の先には秋山を窮地に追い込んだ「ヨコヤ」が不敵な表情を浮かべて立っていた。
ねとりとした双眸が相変わらずおぞましい。
秋山は直を隠すようにしてヨコヤの眼前に立ちふさがった。

「元に戻ったんだね。あんなに取り乱していたのに…」
「ああ、お前がせっかく色々と思い出させてくれたのに悪かったな」

不遜な態度で返しながらも、何を考えているのか読めない相手を前に秋山は身を硬くした。
自分だけならどうなってもよいが今は直がいる。
彼女だけはこの男の毒牙にはかけさせない。
強い、強い思いが身体の奥から沸いてくるのを秋山は感じた。
ヨコヤはそんな彼をちらりと一瞥しながら侮辱をするような言葉を続けていた。

「彼女のおかげ?凄いね〜、まだ君にも信じられるものがあったんだ」
「おかげさまでな」

不敵な微笑みを口元に浮かべて秋山はヨコヤを見据えた。
先程までとは明らかに違う秋山の態度にヨコヤはひゅ〜と唇を鳴らした。

「へぇ、女々しいお前が言ってくれるじゃないか」

ぐいとにじり寄られ、ヨコヤの魔性の瞳と目が合う。
心の奥底まで見透かされたような気分にさせられる感覚は相変わらずだ。
先程はこれでヨコヤに術中にはまった。同じ手は二度とは食わない。
秋山は冷静な目を傾けたまま、静かにヨコヤの投げつける悪意を受け止めていた。

「お前なんかに振り回されてる神崎さんが気の毒になるよ。」
「それがどうした。」
「え…?」
「俺は彼女の為に強くなる」

思いもよらなかった秋山の返答にヨコヤは耳を疑った。
何を言い出すのかと思えはよもや彼女に対する愛情を口にだそうとは…。
この男もおちたものだとヨコヤは思った。
そんな絵空事で勝ち抜けるほど、ライアーゲームは甘いものではない。
ヨコヤは嘲るような表情を浮かべて肩を竦めた。

「頭でもおかしくなったか?秋山。マルチを潰した天才詐欺師のお前は何処へ行った?
母親を死に至らしめてまで自分のやりたいことを押し通すようなお前が何今更なことを言っているんだ?
お前は幸せになんかなれない。このゲームで全てを毟り取られてお前の人生は終わるんだからな。」

「やめてください!!」


甲高い声が響き渡った。
そこには寝ていたはずの直が怒りの表情を浮かべて立っていた。
頭から湯気の出そうな程の勢いで直は秋山を守るべくヨコヤの前に立ちはだかった。

「君、起きたの?」
「あんな大声だされたら誰だって起きます。って、ヨコヤさん!秋山さんに酷いこと言わないでください!!!」
テンション高く詰め寄る直の姿をヨコヤは面白そうに眺めた。
「神崎さん、僕は君の為を思っていってるだけどね。秋山なんて止めた方がいいって思うけど」
直の怒涛の勢いに押されながらもヨコヤは意味深長な言葉を投げた。
それはあくまで直球勝負の彼女の心に闘志の炎を燃やしてしまったようだった。

「そんなの大きなお世話です!!秋山さんに手をだしたら私、許しませんからね!!!」

怒っているのにどこか可愛らしい様子の直に秋山は思わず笑みを漏らした。
さっきまでの殺気立った空気が瞬時にしてかき消されている。
自然と空気を和ませる才能…やはり彼女が希少な存在であるのは間違いない。
妖かしめいたヨコヤでさえ、直のストレートさに押されている。
彼女ならば本当にライアーゲームで皆を幸福に導けるのかもしれない。
それが直の望みでもあった。


だったら…



「面白い…」

独り言のように呟き、今度は秋山が二人の間へと割って入った。
拳を握り締め、今にもヨコヤに殴りかかりそうになっている猪突猛進状態の直を
秋山は寸でのところで押しとどめた。

「秋山さん邪魔しないで下さい!もうヨコヤさんには天誅いっときます!!」
「やめろ……俺はお前に喧嘩してくれなんて頼んでない」

冷静にそう返されて直はしゅんとなってしまう。そんな彼女の頭を秋山はくしゃりと優しく撫ぜた。

「でも、ありがとう」

秋山の顔に鮮やかな笑顔が広がった。見たこともないような綺麗な微笑みに思わず直は見とれた。
この人は変わった。
直は直感的にそう思った。
やられたらやりかえせだとか、人を陥れる人間は罰を受けなくてはいけないだとか
そんな悲しいことを平気で口に出していたあの時の秋山とは明らかに違う。
心に射した直という「光」の存在が秋山の心に大きな変化を与えていた。
直への「想い」の力が彼の中で新たな強さと自信へと変わっていた。

「秋山さん、」
「お前の望みは俺が叶えてやる。だから安心しろ。」
「あたしの望み…?」
反芻するように呟いた直に秋山は力強く言った。
「ライアーゲームで皆が幸せになること」
「…あっ!!」
「それをやろう」
「はいっ、秋山さん!!!」

嬉しそうに微笑む直の手を秋山はとった。小さな手を慈しむようにして握る。
もう、この手は離さないと心の奥で深く、深く誓う。
秋山は呆然としているヨコヤの方を振り返った。


「ヨコヤ…、覚えておけ。ゲームに勝つのは神崎直だ。」
「…は?何を馬鹿なことを」

人を目の前にして堂々と睦事を展開しただけでも腹立たしいというのに今度は勝利宣言まで…、
ヨコヤの我慢も限界を超えていた。ふるふると震えながらヨコヤは秋山を激しい瞳で睨みつけた。
そんな彼を不敵に一瞥しながら秋山はもう一度言った。

「俺は彼女の望みを叶える。直の力になって必ず彼女を勝たせる」
「…なにをっ、」
「それが出来るのは俺だけだからな」

揺ぎ無い自信に満ちた声が部屋中に響いた。
誰にも貫けない強さを秋山は手に入れた。



直の為に。



END→Wishes

2007.6.12 るきあ



うきゃーー補填のつもりでかきましたがなんか、秋山さんがご亭主になっちゃいましたね。
これで10話予告編よりのインスパイヤ小説は打ち止めです^^
次は日常でラブラブなの書いてみたいとまたもや画策中。
でも仕事もあるので(爆)まったりとがんばります^^
ここまでお読み頂いた皆様どうもありがとうございましたM(__)M




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