いきなり携帯がなった。
それはかなり予期せぬ人物からもので、
予期せぬ出来事が矢継ぎ早に告げられた。

『あっ秋山??おれおれフクナガだけどぉー直ちゃんが入院したって話、聞いた?』
「なんの話だ?それ…」

秋山は怪訝な表情を浮かべ問い返した。
神崎直が入院?
確かにいつもはしつこいほどかかってくる彼女からの電話は途絶えていた。
しかし彼女とはライアーゲームでしか繋がることのない関係だと割りきり、
普段秋山の方から彼女と関わりを持つことは皆無であった。
セミファイナル後、具合が悪そうな様子だったのは気がかりといえば気がかりだったが
自分という人間と接触を深めるより、
健全な世界での彼女の生活の邪魔をしたくなかった。

『あーあー冷たいなぁ。チビキノコの話だとあんまりよくないみたいなんすけどー』
「よくないって…」
『東都病院に入院してるってよー で・どーすんの??」
「……俺には関係ない。」
『はぁぁああ??超意味わかんないんですけどぉぉおーー』

耳元でフクナガの叫び声が炸裂した。
思わず顔を顰めて、片方の耳をふさぐ。
フクナガはそんな秋山のことなどおかいまいなしに言葉を続けた。

「あのさ、たまには素直になったら!!!」
「……は?」
「ずっとそのままだと大事なもの、なくしちゃうよ」

フクナガらしからぬ真摯な言葉が心の中に落ちた。
大事なもの…
自分は出来れば彼女を遠ざけておきたいと思っていた。
身の内に抱える闇は秋山をずっと蝕み続けている。
薄汚れた黒さはいつか直をも飲み込んでしまう時がくるのではないか?
それが秋山には怖かった。
綺麗で強い、美しい心を持つ彼女を他の色に染めたくはなかった。
それが秋山がライアーゲームで神崎直を助ける理由でもあった。
けれど、彼女の存在が消えたら?
この間直にその問いを投げかけられた時、自分は答えることができなかった。
何故、答えることができなかったのか?
その理由は・・・?

秋山は唇を引き結ぶと電話の向こうのフクナガへと言葉を紡いだ。
「東都病院…だよな」
『イエーース。病院いくのお付きあいしましょうか??』
「…断る」
『返し早っ!!!でもまぁこんなお節介二度としないから安心して』
「ああ、お前のキャラじゃないもんな」

いつもの秋山らしい返答がかえってきて、フクナガはやれやれと肩をすくめた。
この間の直の憔悴しきった様子がずっと気になっていた。
あれだけ自分や他の人間に騙され、いいように扱われてもめげない彼女が
秋山に支えられてやっと歩けるような状態になるのは普通ではない。
いつまでも直は自分を楽しませるカモとして存在していてほしい。
それには彼女が一番心の栄養を得られる相手・秋山を差し向けるのが一番だった。
傍で見ているとヤキモキするぐらい進展しないのもいい加減腹立たしくもあったことだし
意を決してフクナガは秋山へと連絡を入れたのだった。

「もうお前らはさっさとくっついてしまえ!」

電話を切ったフクナガは秋山に聞こえないのを確認してからそう叫んだ。
多少歪んではいるものの彼が直や秋山を心配する気持ちは本物であった。

「でも…何事もなければいいんだけど」

何気なく呟いたその言葉が現実のものとなってしまうことを今は誰も知らなかった。




東都病医についた。
直の病室など詳細情報をフクナガに確認することを怠った自分に現地についてから気がついた。
それほどまでに動揺をしていたのかと思うと滑稽だった。
秋山はとりあえず受付を探そうと賑わう病院内を見渡した。
すると誰かの指が軽く秋山の背中へと触れた。

「秋山さん…?」

名を呼ばれて振り向くとそこには直の姿があった。
パジャマ姿にカーディガンを羽織った入院スタイルの彼女は
秋山を認めると嬉しそうに微笑んだ。

「どうしたんですか?誰かお友達のお見舞いですか??」
「…お前、相変わらずニブいね」

いつもどおりすぎる直の反応に秋山はがくりと項垂れた。
天真爛漫という言葉がぴったりの、いつもどおりの彼女に秋山は少しだけほっとしていた。

「お前の見舞。入院したってフクナガに聞いたから」
「もう、フクナガさんおしゃべりだなぁ…大したことないから大袈裟にしないで下さいって頼んだのに」

ぷぅと頬をふくらませて怒ったような仕草をしてみせる。
自分の状態を秋山に悟らせてはいけない。
直は笑顔を浮かべながら、必死で「演技」を続けていた。
いつもの自分、いつもの「神崎直」を。

「思ったより元気そうで安心した」
「私なら大丈夫ですよ。ライアーゲームが少しきつかったみたい…過労なんですって」
「………そうか」
「秋山さん、お庭に行きましょう。私コーヒー奢りますから」
「ああ、」

直は秋山の腕を取り、銀杏並木が続く庭へと彼を連れだした。
途中に何故かコーヒースタンドがあって
直は自分にはココアを、秋山にはコーヒーを注文し
銀杏の下に据えられたベンチへと腰かけた。

「はい、秋山さんどうぞ」
「ありがとう…そうだ、俺もこれ」

そういって秋山は持っていた紙包みを直へと差し出した。

「なんですか、これ?」
「入院生活が寂しい!とか言いそうだったから…」
「・・・?」

不思議そうに包みを見ていた直は秋山に目で促され、あけてみた。
するとそこには小さな青い小鳥の人形が入っていた。

「可愛い!」
「早くよくなるようにとも思ってる。だから幸せの青い鳥をイメージしてみた。なんかこれお前に似てるな」
「凄く可愛いです。秋山さんありがとうございます」

秋山の優しさが心に沁みて涙が出そうになった。
でも泣いてはいけない。泣いたら秋山にまた迷惑をかけてしまう。
直は笑顔を浮かべて秋山に頭を下げた。
本当はこのまま時が止まればいい。
そう思いながら。



「冷えてきたな」

さっきまでは綺麗な青い空がのぞいていたのに、急に風がでて灰色の雲が現われていた。
この外気は直の体によくない。
秋山はブルゾンを脱ぐと、隣の直の肩へそっとかけてやった。
ココアを啜っていた直から小さな笑みが漏れる。
「ありがとうございます。あれ??」
「・・・ん?」
「秋山さん、髪に銀杏のはっぱがついてます」
くすくすと笑いながら直は秋山の頭に降ってきた葉を持ち上げた。
その時、指が秋山の頬に一瞬触れた。
胸の奥がズキンと痛む。
直の両手が無意識に秋山の肩へとのびた。

「どうした?」

直の手が愛おしそうに秋山の肩を撫ぜる。
明らかに様子のおかしい彼女をほおっておくことなどできなかった。
感情の関がお互い破れた。
秋山はそのまま直を包み込むように抱きしめた。

「…泣いてるのか?」
「いいえ。」
「泣いてるだろ?」
「…秋山さんが優しいからちょっと寂しくなっちゃいました。」

秋山の胸の中で小さな声で直はそう呟いた。
笑顔の自分を覚えていてほしかったのに
最後にはやはりこうなってしまうのが悔しかった。
けれど秋山が抱きしめてくれているのは嬉しかった。
この暖かさを忘れないようにしよう。
切ない思いを隠しながら、直は秋山に抱かれていた。
秋山はそんな直の「決意」に気がついてはいなかった。


翌日、秋山が病院を訪れた時、直は病室から姿を消していた。
温もりと笑顔、そして涙を秋山へ残して、


神崎直は秋山深一の前から消えた。



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2009.12.24るきあ


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