「自覚がないようなのでお教えしましょ。
あなたの行動はすべて自己満足です。だから誰も従わない、所詮偽善なんです」


既に充分すぎるほどに打ちのめされている直に向って
葛城は容赦ない言葉をぶつけた。
気に入らなかった。
神崎直の何もかもが・・・。
ただ馬鹿正直が取り柄なだけの小娘なのに
自分を犠牲にしてまで人を救おうとすることが癇にさわった。
秋山がそんな彼女の「欺瞞」に振り回されていることにも腹が立った。
あの冷静な彼はどこにいったのか?
ただの恋情に突き動かされる男になり下がった秋山など自分の敵ではない。
葛城は床にへたり込む直を冷やかに見下ろしていた。
思いきりの侮蔑と憐れみを込めた氷の視線に直は身を固くした。




「あたし…、あたしは」

心が折れそうだった。
自分が今まで貫いてきた気持ちを踏みにじられたような気がした。
冷徹な葛城の非情なまでの策略は直を喰らい尽くそうと牙を剥いていた。
自分の気持ちは葛城には通じない。
それは分かっている。
でも、それでも自分には人を信じることしか出来ないのだ。

「あたしはそれでも皆を信じます」


今は泣いてはいけない。
また負けて泣いていることを見られたら
秋山にも軽蔑されてしまう。
直は今にもあふれ出そうになる涙をこらえようと唇を引き結んだ。





何故、君はそうまでして人の心を守ろうとするんだ?

葛城とのやりとりを黙って見つめていた秋山の心は騒いでいた。
詰られ、蔑まれても曲がらない意志の強さ、
そしてどんな時でもまっすぐで純粋な心を失わない強さ…。
それを汚すことなど断じて許されない。
秋山の心に焔が宿った。
神崎直をこれ以上悲しませるようなことはさせやしない。
秋山は立ち上がり、ゆっくりと歩き始めた。
葛城の眼から神崎直を守りたい。
ただその一心で、秋山はへたり込んでいる直の前へと立った。

「秋山さん…」
「こんな状況でも泣かなくなったのが進歩だな」

秋山は直を安心させるようにそう言うと、二階にいる葛城を仰ぎ見た。
こちらを見つめていた葛城の視線と、秋山の視線が激しくぶつかりあった。
瞬間、火花が散り空気に霧散していく。
お互い黙ったまま、怒りと侮蔑をこめた目線と冷ややかで蔑むような目線が絡み合う。
あまりの緊張感に室内の空気が変わったのを直は感じていた。

「秋山さん」
「……黙ってろ」

直を自分の背中に隠し、秋山は葛城を睨み続けた。
俺はお前は赦しはしない。
秋山からの最後通牒を受け取ったような気がして
葛城はにやりとほくそ笑んだ。
それでこそ勝負のし甲斐があるというものだ。
葛城はくるりと踵を返すと備え付けてあったソファへと腰かけた。

「今度こそ本気だしてくださいよ、秋山くん」

こんなことで手を緩めるようなことはしない。
不躾な行為をしてきたことを後悔させるために
神崎直を徹底的に追い落とそう。
葛城は嗜虐な思いを胸に秘めながら微笑を浮かべた。




「大丈夫か?」
少々落ち込んだ様子の直はぶんぶんと頭を横へ振った。
完全に葛城の毒気にあてられている彼女を起こしながら秋山は言った。

「気にするな、あいつは人を言葉で操ろうとする。あいつはお前を追い込もうとしただけだ」
「はい…」


この人はいつも優しい。
秋山の優しい言葉を受けて直は思った。
最初は怖い人だと思っていた。
人を騙すことを生業にした詐欺師だと自身を嘲笑っていた。
でも自分が窮地に陥っている時に必ず助けに現れて
自分はおろか、すべての人を救うための手助けをしてくれる。
本当は優しくて温かい秋山に直の心は揺さぶられた。

「好きにならないのが変だよ」

心の声が本当に声になってしまった。
直はばっと口を抑えたが、瞬間にして耳まで朱に染まった。
秋山は苦笑を浮かべながら、そんな直を覗き込んだ。

「……君は相変わらず変わり者だね」
「………え?」
「思考ダダモレ。」

けろりと指摘され、ますます身の置き所がなくなった直は
顔をあげることができなくなった。
しゅんとして小さくなっている直の姿を見て
秋山はくすりと笑うと直の顎へと指を伸ばした。

「え??」
「ちゃんとこっち見て……」
「あの、あっ、秋山さん」

秋山の低い声が耳元で響く。
意を決して顔をあげると秋山が真剣な瞳で直を見つめていた。


「俺は負けないから」


お前の為に・・・

その言葉は飲み込んだ。
ずっと傍にいたいと、彼女と共にありたいと望んでいるのは自分の方だった。
だが、それは決して手には入らないことも秋山は知っていた。
葛城同様、人を蹴落とし欺きながら生きてきた。
その代償を払わなければならない時が必ずくる。
それに彼女を巻き込む訳にはいかない。
幾ら直が好きと言ってくれても、
共に進む未来を選択することは秋山の中にはなかった。


でも

それでも、恋は止められなかった。



「私は秋山さんを信じます。絶対に勝つって信じてますから」
「ああ、」
「だから私と一緒に戦ってください」


直は真摯な瞳を秋山へと向けた。
今の自分に出来ることはこのゲームを精一杯戦うことだけだった。
秋山との未来が開かれることを祈りながら。



END
2009.12.23るきあ

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