〜愛は時の威力を破り、未来と過去を永遠に結び合わせる〜
ヴィルヘルム・ミューラー 「詩集」より




「あぶない!!」

菊池に蹴り飛ばされた西田が勢いよく階段から転がり落ちる。
それを見ていた直はいきなり走り出した。

「おいっ!」

秋山の目には必死な彼女の横顔がスローモーションのように映った。
直には秋山の制止する声は聞こえず
西田を助ける、その一途ともいえる思いのままに階段の下で彼を待ち受けた。

「直ちゃん!!!!!」

フクナガの金切り声が響き渡った。
直は西田を受け止めようと手を広げる。
だが彼の巨体は止まらず、
派手な音を立てながら直を巻き込んで転がり落ちた。

「あの馬鹿ッ!」

頭を押さえながらのたうち回る西田の傍らに横たわる彼女はぴくりとも動かなかった。
冷たい汗が秋山の背中を走る。
フラッシュバックする母が空を舞う映像…。
血溜まりの中で息絶える母の姿が頭の中でぐるぐると回り続ける。
その幻影を振り切るように秋山は直の元へと駆けた。

「おいっ、」

彼女の脇に膝をつきそっと抱き起こす。
青白い瞼は閉じられたままで秋山の呼びかけにも全く反応しなかった。

「しっかりしろ…」

見たところ外傷はない。
だが頭を打ったせいなのか直は気を失ったまま目を覚ます気配はなかった。
秋山の心臓が早鐘を打ったように激しく鼓動する。
このまま、彼女が目覚めなかったら?
恐怖感に似た得体の知れない感情が秋山を襲った。

「秋山、直ちゃん大丈夫?」

心配そうなフクナガの声が背後から落ちてきた。
秋山は冷静を装いながら、フクナガを仰ぎ見た。

「多分、脳震盪をおこしてる。休ませて様子をみよう」
「ああ、そうだね、いい考えだ」

秋山はそのまま直の膝の下に腕を入れ、抱き上げた。
まるで王子が眠り姫を抱き上げたような、
そんな予期せぬ光景にフクナガの口からは予想通りの言葉が飛び出した。

「あーーーお姫様だっこだぁ♪」

瞬間、秋山の華麗な蹴りがフクナガの背中にヒットした。

「痛いな、もう!!いきなり何すんだよ、秋山!!」
「うるさい。そんなくだらないこと言ってる暇があったら救急箱を調達してくるとか、
ゲームの中断を申し出てくるとか、もっと実のある行動をしろ」

秋山は弾丸のように言葉を放った。
しかしそれに怯む様子もなくフクナガは楽しそうに秋山を見つめながら言った。

「照れ隠しっすか〜?いいじゃん、別に隠さなくたって。
だって秋山は前から直ちゃんの私物だもんねーー、そうだもんねー」

空気が読めないというか、面白がってわざとKY発言を連発するフクナガに秋山はいらついた。
直が絡むと途端に人間味が増す彼にフクナガはニヤリと笑みを浮かべた。

「なんか絵になってて悔しいんですけど〜。まぁ、からかうのはこれで終わりにしてやるよ。
優しい俺様が事務局にゲーム中断をお願いしてきてア・ゲ・ル」
「…………頼む」

苦虫をつぶしたような表情の秋山をフクナガは舐めまわすように見つめた。
自分に協力を願う秋山の姿は貴重すぎて、
これを見れただけでも4回戦に参加した甲斐があった。
今度ヒョウ柄あたりにでも自慢してやろう。
フクナガはほくそ笑んだ。

「了解♪」

何故だか嬉しそうなフクナガは秋山に向かってウインクを投げた。
目をぱちくりとする秋山を尻目に
フクナガは軽やかな足取りでLG事務局員の元へと向かった。




「やれやれ」

秋山はひとつ息をつくと、直へと視線を傾けた。
腕の中の直から規則正しい呼吸が聞こえてきて、秋山は少しだけほっとした。

このまま彼女を失ったら?

先ほど感じた胸の痛みは本物だ。
思った以上に自分はいかれているのかもしれない、

神崎直に……。


秋山は自嘲的な笑みを口元へ浮かべた。
まだナイモノネダリをする自分がおかしかった。
直に対する消せない淡い炎は秋山の胸の内で燃え続けていた。
自分を戒めても、言い聞かせても
それでも超えてくる感情に秋山はただ笑うしかなかった。

恋情という名の深い思いを込めて
秋山は直を抱きながら太陽ノ国エリアへとゆっくり歩き始めた。





END
2009.11.23るきあ
ただお姫様だっこーのところが書きたかった(汗

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