「A ring of a promise」



一大決心をしてきたものの、
いざ宝石店を前にすると秋山の気勢はすっかり削がれた。
入ろうか、どうしようか。
そんな押し問答を心中で繰り返す。
柄ではないことをするには本当に勇気が必要だ。
苦い笑いを浮かべながら、秋山はひとつ溜息をついた。
そんな時、誰かの手が軽く自分の肩を叩いた。

「秋山じゃん、なにやってんの?こんなとこで」
「麻生ひろみ」
秋山は動揺を隠しきれずに思わずフルネームを口走った。
まさかこんなところで出会うとは思わなかった。
女傑と噂される彼女に自分がしようと思っていることを知られたらそれこそ大変なことになる。
変なところには冷静な秋山だったが、客観的にみれば挙動がおかしかった。
そんな彼に対してひろみは怪訝な表情を浮かべていた。

「秋山、あんたなんか変じゃない??」
「……別に」
努めて冷静を装おうとする秋山に対してひろみは肩を竦めながら言った。
「相変わらずわけわかんない男ね。直ちゃんはあんたの何処がよかったのか未だに謎だわ」
「…………。」
「だんまりか。まっいいや、ここであったのも何かの縁よ、お茶しよう!お茶」
「なんでそうなる?」
「いいじゃないよ〜たまにはお姉さんの言うこと聞きなさい。ね、大野?」
「大野?」
それまで存在のひとかけらもなかった大野がひろみの後ろからひょいを姿を現した。
空気を読むことに長けていた大野は
決していいとはいえないその場のムードを取り繕うようにへらへらと笑った。
「秋山くん、久しぶりだね!直ちゃんから話は聞いてたけど元気そうでなによりだよ」
「………どうも」
にこやかな大野に対してぶっきらぼうに答える秋山。
二人を交互に覗いたひろみはにやりとたくらんだ微笑をこぼす。
次の瞬間、彼女は豪快に秋山の腕を掴まえていた。
「おっ、おい」
「今日は逃げられないよ、秋山。さっいこいこ」
その言葉通りがっしりと腕を取られた秋山は
そのまま近くのカフェへと引きずられていった。




「直ちゃんとは上手くいってるみたいでよかったよ」
「うんうん」

ひろみと大野は顔をお互い顔を見合わせながら頷いた。
正直、ライアーゲームでの秋山の印象は3回戦が終わるまで最悪だった。
神崎直以外の人間には心を開かず、時折その直の真心さえも利用して
狡猾に振舞う彼に嫌悪すら覚えた。
けれど直は何をされても最後まで秋山を信じた。
彼女のまっすぐで純粋な心が闇に囚われていた秋山を解放に導いたのだ。
そんな直の思いに抗うことなど出来るはずがない。
秋山が彼女を共にある未来を選択したことをひろみと大野は素直に喜んでいた。
そんな彼等を戸惑うように見つめていた秋山はひとつ息を吐いた。
「あんたたちも暇だな。人のことがそんなに気になるのか」
呆れたように言う秋山に口調に以前のような険を感じなくなっていた。
これも直の影響なのだろう。
改めて「神崎直」という人間の凄さに驚嘆を感じずにはいられなかった。
「うーーん、気になるっていうかさ、直ちゃんってやっぱ凄い子だよねぇ」
姉御キャラらしく紫煙を燻らせながらひろみはしみじみと言った。
その言葉に乗るように大野も口を開いた。
「うん、優しくて泣き虫で...でも芯は本当に強くてそしてあったかい」
「大野、いいこというじゃん」
「それほどでも〜」
照れながら頭をかく大野を横目で見ながら秋山は再び溜息をついた。
何故こんな展開になってしまったのだろう。
多少困惑気味の秋山ではあったが、むしろこの実の無い会話が続けば
先程自分が宝石店の前で右往左往していた事実を二人が忘れてくれるのではないかと思った。
見咎められたくはなかった出来事を忘却のかなたへ消し去ってしまおうと
秋山が画策の為に二人との会話に入ろうとした瞬間だった。

「そういえば秋山、あんたなんで宝石店の前うろうろしてたの?」

とどめの一言がひろみの口から発せられた。
あまりのタイミングのよさ?(悪さ)に体から力が抜けるのが分かった。
愕然としている秋山に更なる一撃が大野から加えられた。

「宝石店っていえば直ちゃんへのプレゼントでしょ?ひろみさん」
「あっ、そっかーー!!つかプレゼントってあんたの柄じゃないね、秋山」

すでに撃沈している秋山の肩をバンバンと叩いたひろみは豪快に笑った。
「好きにいっとけ…」
精一杯の虚勢を見せるも声に力が出なかった。
気分的にはもうどうとでもなれといったところなのか、憮然とした表情の秋山は珈琲を啜った。
「まぁ、すねないでよ。あたし達、別にあんたを馬鹿にしてるわけじゃないんだからさ」
「そうそう、そうですよ秋山くん」
ひろみの相槌隊と化している大野が調子よく頷いてみせた。
辟易とした様子の秋山を尻目に何故かたくらんだような笑みを浮かべたひろみは話を続けた。
「しかし…秋山が直ちゃんに指輪をねぇ。あんたもすみにおけない男だよ」
「指輪を買うなんて一言も俺は言ってないが…」
「今更照れんなよ〜男が大事な彼女へのプレゼントっていったらやっぱ指輪でしょ?違うの??」
「………帰る」
あまりにも図星をつかれて秋山は思わず立ち上がっていた。
それを制止したのがひろみの力強い腕だった。
「まぁ、待ちなよ。秋山、あんた宝石店まで来たはいいけどいざとなったら怖気づいたんだろ?」
「……………。」
「あたりか。じゃあ力になってあげられるかもよ」
「…………は?」
企みをこめた目線が秋山を見る。
何故だが抗えないその雰囲気に気圧されて、秋山は棒立ちのままにひろみを見返した。
「どういう意味だ?」
「言葉どおりだよ。あたし直ちゃんが欲しがってる指輪…知ってるんだもん」
「え…?」
「力になってあげようか?秋山」
王手をかけたような鮮やかなひろみの微笑に秋山はもう逆らうことなど出来なかった。
「………お願いします」
絞りだすように告げる秋山の声にひろみは満足そうに頷いた。






「秋山さん、遅いなぁ」

壁にかかっている時計を見上げながら直はひとつ溜息をついた。
懇意にしていた教授からの引き合いで大学の研究室で働き始めた秋山に望まれて
一緒に暮らし始めてから、連絡も無いままここまで遅いのは初めてのことだった。
「いつも自分の方からうるさいくらい連絡してくるのに今日はどうしたんだろう」
ぽつりと呟きながら、直は外を見ようと立ち上がった。
そんな時、がちゃりと扉が開く音が聞こえた。

「秋山さん!!」
「…ただいま。」

嬉しそうな直の笑顔につられて秋山の顔にも微かに笑みがこぼれた。
彼女の暖かい雰囲気に満ちたこの部屋に戻ってくるとようやく息がつける。
今まで知りえなかった感情の発芽に、最初こそ戸惑いを覚えたが
それを自然と受け止めることが出来たのは直のおかげだと秋山は思っていた。
ライアーゲームが終わったら消滅する関係だと思っていたのに
彼女が自分に寄せる強い思いの力は秋山を光に充ちる世界へと導いてくれた。
ただし直が自らトラブルをしょいこむ気質であることに変わりはなかった。
あいもかわらず馬鹿正直で人がよい彼女につけこむ輩は後を絶たなかったのだ。
秋山は半ば呆れながらも、彼女の持ち込むトラブルを対処しつつ
直と共にある生活に楽しんでいた。

「遅かったですね〜大学のあと何処かに行ってたんですか?」
「ああ、まぁな」
屈託ない直の笑顔が目に飛び込んでくる。
あまりに眩しい微笑に胸が高鳴るのを感じた。
素直に感情を現すことになれていない秋山は
冷静な眼差しの裏に思いを隠して、直の頭をぽんぽんと軽くたたいた。
「お前は何してたの…?」
秋山の問いかけに直は優しい笑顔を傾けながら答えた。
「あたしは、大学の授業にでて…その後図書館でレポート書いてました。これがまた難しくて。。。」
「ふぅん、上手く書けた?」
「え?えへへへへへへ」
曖昧に言葉を濁す直の額を秋山は指先で弾いた。
「誤魔化すな。後で見せてみな、ちゃんと書けてるか点検するから…」
「はっはーーーい。トホホ〜」
勉学については厳しい師匠と化す秋山を思い出して、直は引きつった笑顔を浮かべた。
秋山はちらりと直を見た後、白いリボンのかかった水色の小さな箱を手渡した。
「…それやるよ。だから頑張りな」
「秋山さん、これって」
首を傾げながら箱を開けると中から指輪が姿を現した。
綺麗な緑色の石がクローバーの葉に見立てられている可憐なそれは
ひろみとショッピングに行った際に見つけた逸品で
財布とにらめっこして泣く泣く諦めたものであった。
「ああ!!これ凄く欲しかったやつですよ〜!!!びっくりです」
「まぁ…透視したからな」
「うわぁ、やっぱり可愛い♪」
「スルーかよ…」
からかうような秋山の言葉も耳に届かず、直の目は指輪に釘付けになっていた。
素直に喜ぶ彼女の姿に愛しさ込みあがってくる。
秋山は目を細めて、そのまま直を背中から包み込むように抱きしめていた。
「秋山さん…?」
「指輪…、貸して」
秋山の低音の声音が耳元に響いて、直は顔を赤らめた。
彼の規則正しい心音はいつもいつも安心感を自分へと与えてくれる。
直は小さく頷くと指輪を秋山へと手渡した。
「約束…してくれる?」
秋山は受け取った指輪を直の薬指へと滑り込ませた。
「秋山さん…」
「もう、離れないって約束を俺にくれないか?」
「そんなこと言われたら嫌だって言われたって離れませんよ…。私は秋山さんが好きですから」
「上等だ。」
鮮やかな微笑みを浮かべた秋山の顔が目に映ったかと思うと、
そのままそっと口付けられた。
優しい、優しいキスに涙が零れそうになる。
直はそのまま縋るように秋山の胸へと顔を埋めた。
秋山もまた直を抱く腕に力を込める。

もう離れないようにと誓いを込めながら…。



END
2008.1.1るきあ


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