「ったく...」

直の父を見舞ったあと、病院の中庭を散歩中に事件はおきた。
秋山の眼前で直が子供達の作った「落とし穴」に落ちたのだ。
その様子に騒ぎ立てる子供達を蹴散らし、秋山は彼女を助けるために穴の前へとしゃがみこんだ。
「ほら、手貸すよ。ゆっくりあがってこい」
「はい」
昔見たTV番組の企画で仕組まれて穴に落ちる芸人を見たことはあったが、
まさか本当に天然で落とし穴に落ちる人間をリアルに目撃することになろうとは、
さしもの秋山にもこれは想定外の出来事だった。
直と共にいる生活に飽きるという文字はなさそうだ。
違った意味での刺激が本当に多い。
それはいいことなのか、悪いことなのか...。
秋山は苦い笑いを浮かべて、
穴にはまったまま情けない顔をしている直の手を取り引っ張りあげた。

「秋山さん、すみません...」
「今回で何回目だ?」
冗談めいた口調で言う秋山に直はしゅんと俯きながら呟いた。
「44...回目です」
「...1回多くないか?」
確か彼女が落とし穴に落ちた回数は42回だったはずだと秋山は記憶していた。
怪訝な表情を浮かべる彼を上目遣いに見つめながら直は覚悟を決めるように言った。
「実は...この間やっぱりここでコータくんの作ったやつにまんまとはまっちゃって。
秋山さんに言ったら怒られそうなんで黙ってました」
「......お前って」
めげない様子で告げる直の逞しさに秋山は深い溜息をついた。
今まで大した怪我もなくきているからよいが、
一歩間違えば大事に至るということを分かっているのだろうか?
そんな彼の複雑な感情など露とも知ることのない直は
まさに「慣れている」といった風情で服についた泥を払いはじめた。
「あーあ、お気に入りの洋服だったのに〜。」
「おいおい...自分の体のことより洋服のことか?お前、ちょっと見せてみな」
「え?」
言うやいなや、秋山は直の腕を取った。
色白の肘にはしっかりと擦り傷が刻まれ、幾筋も血が流れ落ちていた。
それを見た秋山の表情が一瞬曇る。
自覚のない当の本人はそんな秋山を不思議そうに見つめていた。
秋山は一つ息を吐くと、気を取り直して直へと向き直る。
「お前、怪我してるの気づいてる?」
諭すように言う秋山に直はにっこりと満面の笑みで返した。
「あっ、こんなの大丈夫ですよ。唾つけとけば治ります」
こういうことがすでに日常茶飯事となっている彼女らしい言葉。
しかし、秋山には納得いかなかった。
自分が傍にいるのに直がこんな子供騙しに引っかかるのは心外だ。
そして彼女自身、注意力散漫なところも少しは自覚してほしい。
そんな願いと警告を込めて、秋山はにやりと企んだような笑みを浮かべた。
「唾ねぇ...」
含みを帯びた言葉が紡がれた瞬間、秋山は彼女の傷口へと唇を這わせた。
そしてそのまま舌ですくうように流れる血を舐めとる。
丁寧に繰り返される秋山の大胆ともいえる行為に直は固まって動けなくなった。
「あっ、秋山さん!?」
「唾...つけとけば治るって言ったのは君だよ?」
くすりと笑う秋山は再び、彼女の傷口へと唇を傾けた。
「もういっかい消毒しとく。」
「ままま待ってください、秋山さん!!」
「待たない」
有無を言わさない強引さで秋山は再び「消毒」を始めた。
確信犯的思いを心に込めながら。


END
なんだこれーーーわーー秋山さんが変よ!!
2007.8.14るきあ

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