「秋山さん、今日はお暇ですか?」

すでに一緒にいて並んで歩いている状態だというのに
相変わらずな彼女の物言いに秋山は呆れたような表情を浮かべて彼女を見た。

「暇だから一緒にいるんだけど…お前は違うの?」
「いっ、いえそうじゃなくて…!あのこれから映画へいきませんか?」
「映画…?」

直はおずおずと映画のチケットを1枚、秋山へと差し出した。
今一歩秋山の好みを把握仕切れていなかったので自分が見たかったものを選んだのだが
果たして彼は付き合ってくれるのだろうか?
直は胸を高鳴らせながら、期待を込めた眼差しで秋山を見つめる。
彼女の高揚感が伝わって秋山の中に少し照れが芽生えた。
そんな感情を悟られないように秋山は頭をかきながら大きく息を吐いた。

「そんな目で見なくても、ちゃんと付き合うよ」
「本当ですか!?」

秋山の返答が嬉しくて直は瞳をきらめかせた。
無防備なまでに喜びを全開させる彼女に向かって秋山もまた笑顔を傾けた。
幸福な感情を自然と伝染させてしまう彼女の力に敵うものがいるなら見てみたい。
親馬鹿なのか贔屓目なのか、そんな自分におかしさを感じながら
秋山は直からチケットを受け取った。

「海賊さんの映画ね…」
「はい、大丈夫ですか??」

彼女が選んだのは夏映画の筆頭に上げられている話題の海賊もの映画だった。
これを買うのにきっと悩んで悩んで悩み倒したであろう直の姿が容易に想像がついた。
秋山は直の手を取ると映画館へ向かって足早に歩き始めた。

「秋山さん!?」
「お前、ちゃんと時間見た?あと少しで始まるよ…それ」
「ええ〜」

チケットを手渡すことで頭がいっぱいになっていた直は
上映時間のことなどすっかり抜け落ちていた。
秋山から示された時間を見ると確かに上映開始15分前になっていた。

「時間のことなんて全然考えてませんでした」
「そうだろうな、行くぞ」

秋山は直の手を握り、彼女を気遣いながら映画館へと急いだ。
直はそんな彼の背中を頼もしそうに見つめていた。





なんとか上映時間までに映画館へ潜り込むことが出来た二人は肩を並べて席へと座る。
いつもはなんとなく落ち着きのない風情の彼女が真剣に映画に見入るのを秋山は眺めていた。
場面に合わせて顔を赤くしたり、青くしたり、まるで一人百面相状態の彼女の様子に
秋山は噴出しそうになるのを懸命に堪えた。
映画よりもなによりも直を見ているのが一番面白い。
集中して映画の世界に入り込んでいる彼女の横で少しだけ邪な思いを抱いている秋山がいた。




「ひゃあ〜」

映画も後半部分へとさしかかり、主役片割れの若い男の方が心臓を抉り出されるシーンで
直がいきなり変な悲鳴をあげた。そして秋山の袖をくいくいと引く。
何事かと思い、秋山は直の方へと身体を傾けた。

「なんだ?」
「秋山さん、秋山さん大変ですよ、ウィルがタコになっちゃいますよ!!」
「………は?」

思いっきり間の抜けた声をだし秋山は直を凝視した。
あまりにも意味不明な発言に頭の上に?マークを浮かべたままの彼を真剣な直の瞳が覗いた。

「心臓取られたらあのタコ男と同じ目にあっちゃうじゃないですか〜」
「違うだろ、それ」

確かあのタコ男は自分が課せられた役目を放棄したが故に呪いであの姿にされたのではなかったか?
そんな説明が映画の最中に入っていたはずだが、どこをどう間違ったらそんな風に解釈できるのか。
直の7不思議の一つを垣間見たような気がして秋山は溜息をつきながら頭を抱えていた。

「えーーなっちゃいますよタコに!…あれならない??」

どうしても自分の主張を曲げない直の眼前で心臓を抉られた青年が新たな船の船長になり
それによってヒトデやら、貝やら色々くっつけていた船員達も呪いがとけて元の姿に戻っていった。
もちろん青年はタコにはならなかった。
直は目を白黒させながら若干パニックに陥っていた。

「あれ、なんで?なんで??なんでみんなも普通に戻ってるの??」
「呪いがとけたんだよ。あいつが新しい船長になったから」
「えーーー、私絶対ウィルタコになると思ってたのに〜」

普通に考えれば絶対そうはならないと思うのだが、彼女ならではの発想に秋山は笑った。

「ならなかったね…」
「はい。。。」

秋山は残念そうに呟く直の頭を引き寄せて軽く撫ぜてやった。
直はそのまま甘えるように秋山の肩へ頭を傾ける。
直は彼からこうされるのが大好きだった。
慈しむように触れてくれる秋山の指先をいつまでも感じていたい。
そんな幸福感に酔いながら、直は秋山へ身を委ねていた。



END
2007.7.14るきあ


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