「秋山さん、」

そぼ降る雨の中に立っていた直は秋山の姿を見つけると嬉しそうに顔を綻ばせた。
その手には彼の為の傘がしっかりと握られている。
すっかり濡れて帰る覚悟をしていた秋山は不意をついた彼女の出現に驚いた。

「わざわざ来たの?こんな雨の中...、」
「だって、秋山さん傘持っていかなかったじゃないですか。だから迎えに来ちゃいました」
「迎えね...」
「そうですよ、はい傘をどうぞ」

素直な直の気持ちが嬉しくて秋山は穏やかな笑みを浮かべた。
この健やかさに自分はどれだけ救われたのだろう。
少しこそばゆい思いを感じながら秋山は直から傘を受け取る。
その時触れた彼女の手が思いのほか冷たくて、秋山は眉を顰めた。

「お前どれくらい此処にいた?」
「えっと、1時間くらい.。。かな」
「おい...」

こともなげに答える直の顔を唖然とした様子の秋山が覗き込んだ。
いつ出てくるか分からない自分の為にそこまでする必要はないと思ってしまう。
けれど彼女はそんなことはおかまいなしでいつも自分の感情に正直だ。
そんな彼女に自分などかなうわけがない。
秋山は直の手を取ると暖めるように優しく握りこんだ。

「秋山さん」
「手...冷えてる。」


熱のこもった瞳に見つめられて直は胸が高鳴るのを感じた。
遠慮がちに向けられる秋山の優しさを感じて心が暖かさで満たされた。
直もまた、そんな秋山の手を強く握り返した。
もう、離れないようにと願いを込めながら。

「お茶、どこかで奢る。少し温まった方がいい」
「はい!!」

秋山は直の手を引いて自分の傘の中へと彼女を招き入れた。
直は促されるままに秋山の横へと並ぶ。
肩を並べて、雨にけぶる景色の中を二人で歩いていった。





「ここですか…?」
「ああ、」
秋山がつれてきてくれたのは裏通りにある目立たないカフェだった。
小さなビルの2Fにあり、一見の客には入り口が分からないようになっている。
暖かい木調で造られた店はどこか落ち着いた雰囲気をかもし出していた。
「よく来るんですか?秋山さん…」
「まぁな。」
隠れ家的な要素満載な店を直はゆっくりと見渡した。
秋山はいつもどんな風にここで過すのだろう?
そんな空想に頭がもたげ始めたとき、秋山が直の肘を指先でつついた。
「変なこと考える前に何頼むか決めたら?」
「へへへへ変なことなんて、考えてないですよ!!」
心の中を見透かされたようで動揺する直を秋山の瞳がおかしそうに覗いていた。
「そう?君は何を考えているか、ほんとに分かりやすくて分かりづらいからね」
「は?」
言葉の意味が理解できず直はきょとんとした表情を浮かべた。
秋山はそんな彼女の様子に苦い笑いを零しながら肩を竦めた。
「自覚がないならいいよ。とりあえず君からは目を離さないって決めたから」
さらりと凄いことを言われ、瞬間的に直の顔が紅色に染まった。
秋山こそ自覚があるのかないのか時折直をこういう事態へと貶める。
突然こんな告白めいたことを言われる身にもなってほしい。
直は口を尖らせながら秋山へと抗議した。
「秋山さん、もう〜!恥ずかしいからそういうこと言うのやめてください」
思わず机の上で拳を握って力説する直に秋山は畳み掛けるようにいった。
「君は目を離すと次から次へと自らトラブルを引き起こすもんな、ホント恐れ入るよその才能…」
「うーーーーー。」
憮然として上目遣いで自分を見つめる直の頭を秋山はぽんぽんと軽く撫ぜた。
「気分直しにケーキでも食べたら?」
「ケーキ!?」
その言葉を聞いたとたん、直の瞳がきらきらと輝き始めた。
さりげなく秋山が差し出したメニューを受け取り、
直は今までのことがなかったかのようにケーキの写真に意識を集中させていた。
「ケーキで機嫌がなおるのか?」
あまりの変わり身の早さに秋山は驚いたように言った。
どれを頼もうか目移りして全くほかの事などおかまいなしになる彼女の様子に
直の根源の部分を見たような気がして秋山は頭を抱えた。
「まったく、かなわない」
「秋山さん、秋山さん、これ頼んでもいいですか?それからココアも」
「どうぞ」
彼の呟きなど耳にも入っていない直は嬉しそうにケーキを注文した。
ある意味最強な神崎直の生態に秋山は苦笑を浮かべていた。



「おいしそう♪」
生クリームがこんもりとなったシフォンケーキを前に直は瞳を潤ませた。
嬉々とした表情を浮かべ、直は大きな口を開けてそれをほおばった。
「おいひーーい」
「…どんだけ口があくんだ、お前は…」
呆れるように言う秋山に直はにこりと反撃の笑みを浮かべる。
「だってすごくおいしんですよーーほら秋山さんも食べて」
そういって差し出されたフォークにはケーキがひとかけらのっていた。
「これを食べろ…と?」
「はい!どうぞ、秋山さん」
若干引き気味の秋山に向かって直は負けじとケーキを差し出す。
ハイテンションになった時の彼女のパワーには敵わない。
すっかり降参した秋山はそのまま差しだされているフォークをぱくんと銜えた。
「おいしいですか?」
そろりと小悪魔な瞳をした直が自分を見つめている。
すっかりポーカーフェイスが崩れた秋山はおかしそうに直の額を小突いた。

「お前さ…、」
「はい?」

「頬に生クリームついてる」
囁くように言われた後、秋山の指がそれを掬い取った。
そして次の瞬間、その場所へと唇をよせて軽く舐める。
予期せぬ出来事に直の身体はぴくんと跳ね上がった。

「あああああ秋山さん!?」
「ごちそうさま」

しれっと言い放つ秋山はそのまま何事もなかったかのように珈琲を啜った。
直だけが窓を打つ雨垂れのように心を跳ねさせていた。

そんな雨の日の午後の二人。


END





20000HIT記念作です。がんばって甘くしてみました。
あうう。こんなのでもよいですか?大丈夫ですか??
いつもサイトに遊びにきてくださる皆様へ愛をこめて、書かせて頂きました。
本当にどうもありがとうございます。これからもご贔屓にしてもらえると嬉しいです。
2007.7.12るきあ


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