「秋山さん、また寝てる…」


直は本を胸に抱いたまま眠る秋山の姿を見てクスリと笑った。
鋭いきつさを放つ瞳は今は閉じられていてどこかあどけない。
常に緊張感と注意力を保ち続ける彼に安息の時間がゆるりと流れている。
直は熟睡している秋山の手からそっと本を取り上げた。

「…こんな難しいの読んでるんだ」

ぽつりと呟きながらパラパラとめくって見る。
完全理解不能な言語に一瞬にしてお手上げ状態になった。
直はひとつ溜息をつくと、本を机の上へと戻した。

「風邪、ひいちゃいますよ秋山さん」

部屋に設えたベッドの脇に背中を預けて眠る秋山に
毛布をかけてやろうと立ち上がろうとした時、眠っていた筈の彼の手が直の腕を縫いとめた。

「あっ、秋山さん」
「寒い…」

秋山はそういうと、直の体を引き寄せ、背中から抱きしめた。
いきなりの出来事に直は目を白黒させている。
相変わらずうぶい。
秋山はそのまま身を固くしている直の耳元へと口唇をよせた。

「ここに、キスしていい?」

吐息交じりの低音の声が間近に迫る。
少女のような青さが残る直に与えられた刺激は、彼女の頬を急速に紅色へと染めた。

「どうぞ」

律儀にそう返答されると気勢が削がれる。
秋山は苦笑を交えつつ、優しい、優しいキスを直の耳朶へと落した。

「秋山さん、」
「ずっと寒くて眠れなかったんだ…だから暖めて?」


肩越しから告げられた言葉に直は小さく頷いた。
彼が母親を無くしてから不眠に悩まされていたのは知っていた。
ライアーゲームが終わって、秋山との生活が始まってから
今までの不足を取り戻すかように彼ははよく眠った。
直が与えてくれる温もりに癒されながら、
深く傷ついていた秋山の心は再生を始めようとしていた。

「ゆっくり休みましょう、秋山さん」


直は愛しさに瞳を緩ませ秋山の方を振り返った。
どこか懇願するような眼差しを受けとめて直は秋山を抱きしめた。
こんな温もりでよいのなら幾らでもあげられる。
秋山の求めに応じることの出来る喜びで直の心は満たされていた。


「私はずっとあなたを見ていますから」


たとえ、また欺かれるようなことがあったとしても
自分だけは決して離れない。
秋山の傍を離れない。


そんな決意を込めて直はもう一度秋山を強く抱きしめた。
緊張の解けた彼の背中をゆっくりと撫ぜる。
その手に甘えるように秋山は直へと体を預けた。


「離しませんから」


呟くように紡がれた言葉を遠くの方で聞きながら、秋山は再び、眠りへと誘われていった。
直からの暖かい思いに酔いながら。

深く。




END
2007.7.7るきあ



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