ライアーゲーム終了後、
秋山は懇意にしていた教授からの引き合いで大学の研究室で働くことになった。
仕事内容の説明を聞いたのだが、あまりの難易度の高さに直はぴんとこなかった。
きょとんとする彼女を見かねた秋山が
臨床心理学というのを追求することだと思ってくれと簡略説明してくれた。
別次元の話すぎて理解はできなかったが
彼にやりたいことが見つかったことを直はとても嬉しく思っていた。
準備の為に資料に没頭している秋山をにこにこと見守りながら、
直は何か出来ることがないかと思いを巡らせていた。



「掃除はさっきしたし...、洗濯もした。うーーーん後は...」
「おい...、」
「うーーんうーーん、」
「直!」

不意に名を呼ばれて直は驚いて秋山を見た。
彼は苦笑を浮かべつつ、直の額を軽く小突く。

「お前、思考ダダ漏れ。まぁすごーく分かりやすくていいんだけど」
「秋山さん、」

くすくすと笑う秋山に直は口を尖らせた。
なんだかいつも面白がられている気がしてそれが少しだけ口惜しい。
直はそんな彼に向かってべーっと思いっきり舌をだした。

「どうせ私はバカ正直ですよーだ」
「ぷっ、」
「もう、秋山さん!!」

怒っているのに何故か噴出して笑う秋山に直はさらにオカンムリ状態になった。
そんな彼女の姿が妙に愛らしくて、ツボにはまってしまった秋山の笑いは止まらない。
忍び笑いを堪えつつ、秋山は直へと言葉を紡ぎ出した。

「ごめん、でもお前...本当に一緒にいて飽きない奴だな」
「飽きないって...、それ、なんか褒められてるように聞こえません」
「ああ、褒めてないし...」
「返し早っ!」

むくれる様に言う直の仕草を秋山は微笑ましく見つめていた。
こんな時間がすごせるようになるとはまさか思わなかった。
彼女が闇に沈んでいた自分を救い上げてくれなければありえなかった日常が今、秋山の手の中にある。
直によって浄化された心は確実に彼を光へと導いていた。

「悪い、ちょっとからかっただけ。本当は色々感謝してる」
「秋山さん、それ本当ですか?」
「ああ」

先程まで怒っていた直の表情が柔らかいものへと変化する。
くるくると目まぐるしく変わる彼女の姿をずっと見ていたいと秋山は思った。
心の奥底から沸く彼女への愛情を秋山は強く自覚していた。

「もうすぐこの資料読み終わるから、少しだけ待っててくれ」
「はい」

秋山は優しい眼差しを直へと傾けた後、再び資料へと目を落とした。
彼の仕事を邪魔してはいけないと直はそっと立ち上がる。
どこか行き場所はないか...ときょろきょろしていると
秋山が再び声をかけた。

「なあ、別に邪魔じゃないから...TVでもつけて見てれば?」
「い、いえ大丈夫です。あっ、そうだ!」

直はぽんと手を打ち、いきなり全開の笑顔を秋山へと向ける。
何を思いついたかは分からないが、嬉しそうに輝きを振りまきながら
キッチンへと足早に向かっていった。
一体何をするつもりなのだろう?
そんな疑問に気を取られそうになったが、秋山は目の前の仕事に意識を集中させた。
とりあえず、早く済ませて彼女を何処かへ連れ出そう。
そんな思いを馳せながら、秋山は資料へと頭を戻していた。





「秋山さん、予想通りなんだけど本当に何もない...」

彼の為になにか疲れを癒せる物を作ろうと意気揚々とキッチンへやってきた直だったが、
秋山宅の冷蔵庫をあけて思わず頭を抱えてしまった。
だいたい予想はついたのだが中にはほぼなにもはいっていない。
あるのは卵と牛乳...そして何故かホットケーキの素が箱ごと入っていた。
直は首をかしげながらそれを取り出してみる。
「秋山さん、ホットケーキ好きなのかな〜?」
あの顔に似合わず甘党だったりするのだろうか?
そう思うとなんだかおかしくなって直は軽く微笑んだ
そういえば食事は何度か振舞ったことはあってもお菓子系はまだ出したことはない。
ホットケーキは簡単で腕の見せ所とまではいかないけれど
頭脳労働している秋山の疲労は取れるかもしれない。
「よし!」
直はやる気をみなぎらせながら、ホットケーキ作りを開始していた。




「さて...と終わった」
秋山は参考に使っていた分厚い辞書を閉じた。これでようやく仕事から解放される。
ひとつ息をはいて、秋山はゆっくりと立ち上がった。
キッチンに引きこもったきり静かな直の様子が気になっていた。
せっかく訪ねてきてくれたというのにかなりの時間を待たせてしまった。
これは盛大な埋め合わせが必要だと思いながら、
秋山は直のこもるキッチンへひょいと顔を出した。

「直...?なにしてるんだ」
「きゃ!!!????」

いきなりの秋山の出現に驚いた直は手元が狂った。
フライパンでひっくり返そうとしていた何かを受け損ない、
それは華麗に空を舞い無様な形で床へと着陸した。

「ああああああああ!!!!!」

嫌な音と共に落ちたのはホットケーキ。
見るも無残な残骸が床へと散らばった。

「ごっ、ごめん」

悲痛な叫びを上げた後、すっかり固まってしまった直に
秋山は呆然としたまま謝罪の言葉を紡いでいた。
力の向けた直はがくりと床へと崩れ落ちる。
せっかく秋山のために作ったホットケーキが台無しになってしまったのだ。
「あたしのバカ...」
直はぽつりとつぶやき項垂れてしまった。
見ただけで分かるような落ち込み方をしている彼女の姿に
秋山はどうしてよいのか分からなくなった。
「ごめん、ホント、ごめん!」
未だかつて聞いたことのないような戸惑う秋山の声に直は彼の方を見た。
「秋山さん、いいんですよ...あたしに注意力ないからこんなことに」
「違う。俺が驚かせたからだ。本当に悪かった、これは俺が片付ける」
あせるようにそう言って秋山はそそくさと散らばったホットケーキを片付けた。
綺麗な色に焼きあがっていて、食べることができたのならさぞや美味だったに違いない。
秋山は一生懸命に作ってくれた直の気持ちを考えると少し気分が落ちた。
そんな彼の異変に気がついた直は努めて明るく秋山へと微笑みかけた。
「秋山さん、大丈夫ですよ。まだタネ、残ってるし...もう1回焼きますから」
「あ...じゃあ俺それやる。」
「え?」
「待たせちゃったし、壊しちゃったしで...あまりにも悪いから。俺が作る」
「えーーーーーーーーーーーーーーー!?」
あまりに特大な疑問詞が返ってきて秋山が少し怪訝な表情を浮かべた。
「なに?俺ができないとでも言うわけ?」
「え、いやなんか意外な展開だなって思って。」
「まあ、見とけ」
何故か勝ち誇ったように言う秋山は慣れた手付きでフライパンに火を通し始めた。
そして直が作ったホットケーキのタネを綺麗にしいていく。
あまりに華麗な手さばきに直は思わず見とれてしまった。
「秋山さんって...、」
「うん?」
「ほんとになんでも出来るんですね〜」
惚れ惚れする様に呟く直の言葉に秋山は苦い笑いを浮かべる。
心底感心している彼女の様子に少しむず痒さをおぼえていた。
「別にこんなのたいしたことじゃないだろう。」
「いえ、すごいです。ていうか、おいしそう...♪」
瞳をきらきらさせている直の視線の先にはきつね色に焼けているホットケーキがあった。
すでに彼女の意識はホットケーキへと一点集中している模様で
秋山のフライパンさばきは華麗にスルーされてしまったようだった。
「そっちかよ...」
憮然と呟く秋山を尻目に直は嬉しそうにホットケーキが焼きあがるのを待っていた。
甘い香りがキッチンの中を満たしていく。
これは幸せの香りだと直の顔は嬉しそうに緩んだ。

「できた。皿だしてくれる?」
「はい!秋山さん」

(食べる)気合十分な直は率先して秋山の指示に従った。
そんな姿をみているとやはり憎めない愛らしさを感じてしまう。
秋山はひとつ溜息をつき、嬉々としてホットケーキを眺めている直の横顔を見つめた。
こんな時、自分がいかに彼女に陥落させられているか思い知らされる。
そして降参とばかりに秋山は穏やかな微笑みを直へと投げかけた。
「秋山さん?」
「お前の口に合うか分からないけど、仕上げするから待ってて」
「?」
秋山はそういうと冷凍庫の中からバニラアイスをとりだしケーキへトッピングした。
その上からメイプルシロップをかける。すると、まるで店で出てきそうなホットケーキが完成した。

「ああ、すごい!!」
「だろ?」

子供のように喜ぶ直の顔になんだか嬉しい気持ちが込みあがってきた。
こういう顔が見たかったのだと自覚を感じる。
次はどんな風に喜んでもらおうか?
秋山の心にもまた嬉々とした思いの風が吹いていた。


神崎直という風が。


END


あうあうなんか色々どうなの?これって感じです。ごめんなさい。・゚・(ノД‘)・゚・。
単にあたしがホットケーキを食べたくてこんな展開になっちまいました。
ああ、もっとマトモなものは書きたいよーーーーー!!!と叫んでみた。
2007.7.1るきあ

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