直に思いを打ち明けて、秋山は安心したようにゆっくりとその瞳を閉じた。
長い間に張り詰めに張り詰めてきた心が砂のように崩れていく。

「秋山さん?」

不意に秋山の身体から力が抜けた。
直の胸の中をずりおちるようにゆっくりと倒れ掛かる。
驚いて抱きとめた身体が酷く熱いことに気が付いた。

「大変!」

エリーから言われていたとおり、秋山はかなりの高熱を発していた。
直は秋山の身体を抱き起こし、振動を与えないようにそっと横たえた。
完全に意識を失っているらしい彼は青白い瞼を閉じたままぴくりとも動かない。
顔色は酷く悪くて脂汗がきめの細かい肌から滴り落ちていた。

「無理させてごめんなさい」

直は眠る秋山に向かってぽつりと呟いた。
こんなに酷い状態で自分への思いを
一生懸命、言葉で紡いでくれた秋山を思うと涙がでそうになった。
深い、深い秋山の思いは直を幸福感で満たした。
溢れる思いがとめられなくて直は眠る秋山の顔を覗いた。

「早く、よくなってくださいね・・・」

優しく呟いてそっと秋山へと口付ける。
秋山が傍にいる幸福に酔いながら、そっと。。。





「はい、ありがとうございます社長…、」

遠い意識の向こうで直の声が聞こえた。
秋山は重たい瞼をこじ開けてみる。
するとぼんやりとした視界の中で携帯で電話をしている直の姿が映った。

「あーーっ社長、あの書類は私が出勤したらやりますから置いておいてくださいね、」

どうやら会社への電話のようなのだが、妙に親しげなところが気にかかる。
そういえば直は昨日ヨコヤのことを『社長』と呼んでいた。
まさかかつての敵の会社に就職するなんていうことは、
いくらお人よしの直でもさすがにないだろう。
若干の不安を胸に秋山はゆっくりと身体を起こした。

「…つ、」
瞬間、身体中を走る激痛に秋山は身体を二つに折った。
それを見ていた直が電話を放り出して駆け寄ってきた。
「秋山さん!!駄目ですよ、まだ起きちゃ」
直に促されて再びベットへと沈む。そんな彼の眼前には心配そうな直の顔があった。
「熱もさがっていないし、なによりお腹刺されてるんですからね。安静にしていないとだめです」
まるで子供に言い聞かせるようにそういった直は
「待っていてください」と小声で告げると再び携帯を取り電話を続けた。

「社長、すみませんでした、秋山さんが起き上がろうとしていたので…ええ、あっはい
じゃあ1週間申し訳ないんですけどよろしくお願いします」

律儀にも携帯に向かって頭をさげて電話を切る直の姿がなんだかおかしくて
秋山はくすりと笑みを漏らした。
「秋山さん、大丈夫ですか?」
電話を置いた直は冷蔵庫から冷やしておいたポカリを持って秋山の傍へときた。
昨日エリーから指示されたとおりの飲み物を直は秋山が眠っている間に買いに走った。
秋山への3年分のたまりにたまった愛情が、直をある意味無敵状態にさせていた。
「喉かわいたでしょ?これを飲んでください」
「ああ、ありがと」
手渡されたコップの中のポカリを秋山は一気に飲み干した。
熱のせいで乾ききった喉に潤いが戻る。その心地よさに秋山は目を細めた。
「熱はどうかな?」
直の大きな瞳が間近に迫って、秋山は思わず身体を引いた。
「お前、ちょっと距離近い」
「なんで?いいじゃないですか、照れなくたって。」
にこりと微笑む直は有無を言わせずに秋山の額に自分の手のひらをあてた。
「全然さがってないみたいですね、」
直は顔を顰めながら秋山を見つめた。
「まだ絶対動いちゃだめですよ、秋山さん。用事なら私がしますから…ちゃんと休んでください」
「…ああ、分かった。ありがとう」
熱のせいもあるのだろうが、中々身体が思うように動かなかった。
痛み止めの薬が効いているのか傷は痛まなかったが変わりに倦怠感が身体を支配していた。
秋山は動くことを諦めて一つ溜息をつくと、かいがいしく自分の世話を焼く直の姿をみた。
髪を少し切ったせいなのか少女というよりは女性といった方がもういいような雰囲気を身につけていた。
社長秘書をしているといっていたが、その会社での彼女の働きぶりが見えるようだ。
そんな秋山の脳裏に先程の疑念がまた湧きあがってきた。

「そういえば…、」
「?」
「なんでヨコヤは昨日ここにいたんだ?
まさかとは思うけど君がさっき電話してた社長ってヨコヤじゃないよな?」
「いいえ、横矢さんです。」
「……は?」
思いっきり間の抜けた声をだしてしまった。直はそんな彼を不思議そうに見つめている。
むしろ不思議な思いに囚われているのは自分だと叫びたい位だったが、なんとか持ち前の冷静さで耐えた。
「私、横矢さんの会社で2年前から働いてるんですよ。」
「なんだ、それ?」
昔から厄介な事に自らつっこんでいく傾向があったがまさかと思った。
理解に苦しむ秋山は思わず頭を抱えてしまった。
「秋山さん、大丈夫ですか?」
「…なぁ、」
「はい?」
「なんでヨコヤなんだ?」
呆れたような声で秋山は直に聞いた。
昨日、当たり前のように彼女を庇い、自分に対して結構な事を言い放ったヨコヤを秋山は思い出していた。
まさか直がヨコヤと共に働いていようなどとは露とも思わなかった秋山は
その事実になぜだか言い知れぬ苛立ちをおぼえた。
確かに自分は3年も彼女を放っておいた。こうして傍にいれるのは本当に彼女のおかげで、
自分は偉そうなことをいえる立場ではないことも心得ている。
けれど、何故あの男なのだろう?
何もわざわざ選ぶこともないと思うのは自分だけなのだろうか?
秋山の中に釈然としない思いが渦巻いていた。
そんな彼の様子を見て直はくすりとひとつ笑った。
「秋山さん、もしかして…、」
「なんだよ?」
「嫉妬…とかしてくれてるんですか?」
「………な、」
秋山は気恥ずかしくてふいと彼女から視線をそらす。
まるで小悪魔のように悪戯っぽく微笑む直が恨めしく見えた。
「秋山さん、可愛い」
直は初めてみる秋山の一面に直は嬉しくなった。
やっと再会できた直の大切な想い人は少し拗ねたような目をしてばつが悪そうに直を見ていた。
そんな彼を安心させたくて直は秋山の手を取り、強く握った。
「横矢さんは仕事の上での大切なパートナーです。
秋山さんがいない間、ずっと色々助けてくれたのも横矢さんでした。
だけど、私の大切な人は秋山さんだけです」
あまりにもはっきりといわれて秋山は思わず赤面しそうだった。
秋山は一つ息をつくと、少し照れたような瞳を直へと傾けた。
「そういうまっすぐなところ、全然変わってないな」
秋山は彼女の頬へと手をのばし、慈しむように触れる。
直は彼に身を任せるように瞼を閉じた。
「だけど大人にもなった。なんだか色々負けそうだ。」
少し口惜しそうな口調で言う秋山に直は張り合うように言葉を投げた。
「でも秋山さんを好きな気持ちだけは変わってませんから」
「直…、」
「だから3年分のラブラブを今ここでさせてもらいますんで、覚悟しといてくださいね♪」
「は?」
直は秋山に向かってウィンクすると、コップとポカリを持ってキッチンへと姿を消した。
いきなりのラブラブ宣言に面食らった秋山は思わず空を仰いでいた。
「まいった。」
生き生きとした直の表情に苦笑が漏れた。
神崎直はやはり侮れない。

「最強だ」

ぽつりと呟いた秋山の顔には鮮やかな笑顔が浮かんでいた。



END


ただ単に看病ネタをいっときたかっただけです。
なのになのに気づけばよくわからん話になってる。
直ちゃん最強っていうテーマなのかこれ?
ああん、もう自分にもよくわかんなくなってきた。・゚・(ノД‘)・゚・。
しかし密かに秋山さんVSよこやん。直接対決は次ですな、多分(笑)
ここまでお読み頂いてどうもありがとうございました。
2007.6.24 るきあ


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