ヨコヤの挑発に乗って我を失ったように振舞い、直さえも欺いた秋山は
今、宿敵ともいえる相手を目の前にして復讐心を滾らせながら笑っていた。
ようやく引導を渡してやれる。
冷静な振る舞いは相変わらずだったが、その心はヨコヤへの嗜虐で満ちていた。
直が流した涙の意味を考えることすらないままに。。。




「秋山くーーんやったじゃないか!!」

検査ルームから戻ってきた秋山をフクナガ達が取り囲んだ。
先程までの憔悴した様子が嘘のように、いつもの秋山がそこにいた。
直はそんな彼をまともに見ることができず、1人その輪から外れていた。
彼女の頭の中では先程ヨコヤによって放たれた言葉が廻り続けていた。


『秋山くんは君みたい人をほっておけないんだ。だから利用させてもらった、
秋山くんをライアーゲームに導く餌としてね』


私が秋山さんを巻きこんだの?


ヨコヤが明かした事実に、直の胸は悲鳴をあげそうな程にきりきりと痛んだ。
秋山は作戦だといったけれど、ヨコヤを前に崩れる彼の姿は「演技」にはみえなかった。
彼が抱えている心の傷口から流れる血が直にははっきりと見えた。
それがどれほどに深くて、どれほどに痛みを放つものか…直はあの時すべてを悟った。
秋山が触れることさえ、許してくれなかった、あの時に。


「あたしのせいだ…」

直は呆然としたままぽつりと呟く。
自分が頼りさえしなければあんな風に秋山が傷つくことなどなかったはずだ。
秋山の心の傷を抉り、復讐の鬼と化すように手を貸したのは自分なのだ。
涙を堪えて直は皆に背を向けるととぼとぼと歩き始めた。
もう、これ以上秋山に迷惑をかけたくないと思った。
そして何より、残酷に復讐を遂げようとする秋山の姿をもう見たくはなかった。
そうすることで自分で自分を傷つけようとする彼の姿を…。


「神崎様?」
秋山を囲んで湧いている皆を尻目に出口へと向かって歩く直に事務局員エリーが声をかけた。
モニターで見ていた時よりも空虚な瞳でさまよう直はエリーに気づくと力なく微笑んだ。
「どちらへ行かれるのですか?まだゲームの最中ですが、」
「私…このゲーム、リタイアします」
遠慮がちに目を伏せながら直はそういった。そんな彼女をエリーの怜悧な瞳が鋭く捉える。
ヨコヤの挑発行為や秋山がとった態度が直の心を深く傷つけてしまっているのを
エリーはモニター越しに感じ取っていた。
心優しい彼女であれば秋山に対する責任を自分の所為としてしまうだろうと。
そして秋山からも離れようとするであろうことも…、エリーはその心眼で全てを見通していた。

「ゲーム途中での離脱はペナルティとして負債が架せられてしまうのですがよろしいのでしょうか?」
「はい、構いません。私のカードはそのまま秋山さんが使ってくださいって伝えてもらえますか?」
明らかに生気を失った声でそう告げる直にエリーは頷いた。
「分かりました。秋山様にはお伝えしておきます。神崎様…、すぐに送迎の車をだせませんので
申し訳ないのですが外のロビーにてお待ちください」
「分かりました」
ぺこりと一つ頭を下げると直はエリーに示されたロビーへと歩き始めた。
寂しそうな直のうしろ姿をエリーはただ黙って見つめていた。



「……?」
「どうかしたの秋山くん」

フクナガの問いには答えず秋山は辺りを見渡した。
先程まで少し後ろに控えめに立っていた直の姿が見当たらない。
いつもならこういう時に我先にと自分の傍へと寄っていたはずなのに…。
騒ぐこともせずただ黙って自分を見つめていた直の様子を思い浮かべ、思考を巡らせる。
そんな時、エリーが秋山の元へと静かに歩いてきた。

「秋山様…少しこちらへ…」
「なんだ?」
エリーは手で人気のない方をさし、秋山を誘導する。
何が起こったのかは知らないが、直がいなくなったことと関係があるのは間違いない。
秋山は冷静に構えながらもエリーからの言葉を待った。

「神崎様を傷つけてまでヨコヤを出し抜いた気分はどうですか?」
「…何を言ってる?」
いきなり紡がれた厳しい言葉に秋山は面食らった。
硝子のようなエリーの瞳は色を変えることなく、秋山を見据えている。
揺るぎの無いそれは無言で秋山を責めているようだった。
「貴方はなんの為にこのゲームに参加なさったのですか?御自分の思いを満たす為ですか?
それならば成功したようですね。…ただし神崎様という犠牲をはらって。」
くすりと嘲るような笑みがエリーの口元に広がった。まるで人を見下したような物言いが妙に勘に触る。

「随分と遠まわしにいってくれるが、何を言いたい?」
「神崎様は先程リタイアを宣言されました」
「!?」
思いもよらなかった言葉に秋山は目を見開いた。
愕然とした思いが瞬時によぎる。そんな秋山にエリーは憐れむような眼差しを傾けた。
「なんであいつがリタイアなんかするんだ…」
「さぁ?それは分かりかねますが…御自分のカードはあなたがそのままお使いくださいとご伝言を預かっております」
「彼女はどこだ…?」
「その先のロビーに。」
エリーの言葉を聞くか、聞かないかのうちに秋山は走り出していた。
何が直の心を苦しめたのか?その真意も分からないままに秋山は走っていた。
心の命ずるままに。





「はあ、」
ロビーに設えられたソファの片隅に座った直は大きく息を吐いた。
秋山のことを思うと涙が次から次へと転がり落ちる。
直はそれを拭うこともせずにぼんやりと遠くの方を見つめていた。

『秋山さん…、』
『うるさい!!、うるさい!!うるさい!!!』

狂ったように叫び、床に崩れた彼を直はただ見ているしか出来なかった。
ずっと一緒に進んできたのに、触れることすらかなわず、
作戦を打ち明けてもらうことも出来ず、
いつも、ただ見ているだけ…。

「私ってただ秋山さんに迷惑をかけるためにいるみたい」

自嘲的な思いが押し寄せて、また涙が込みあがってきた。
再び嗚咽が直の口から漏れる。
そんな時に誰かの影が直の瞳に映った。

「あ…」

視線の先には怒りの表情を浮かべた秋山がいた。
彼は直を見つけると、そのままゆっくりと彼女の方へ向かって歩いてきた。

「あきやまさん…、」
「また…泣いてんのか?」

蔑むように言われ、直はぴくんと身を硬くした。
先程ヨコヤに向けたものとは違う怒りの感情が秋山から伝わってきた。
彼は大きくひとつ息をはくと、自らのハンカチを直へと差し出した。

「使えよ…」

声色が一つ下がって聞こえてとても怖かった。彼は自分の何に腹を立てているというのだろう?
直は反射的に首を横に振った。

「いいです。」
「使え」
「……。」

有無を言わさない秋山の言葉にも直は首を振り、拒絶した。
怯えるような目で自分を見つめる直に秋山は訳のわからないといったような表情を浮かべた。
「なんでリタイアなんだ?」
「……、」
秋山は直の前へと膝をつき、彼女の顔を覗いた。
「どうしていきなりそんなこと言い出す?ちゃんと勝たせてやるっていってるだろう?」
秋山の切れ長の瞳が怒りの焔に揺れている。
直はそれに見つめられながら悟った。
思いやりのひとかけらも感じられない秋山の言葉は常の彼では考えられなかった。
復讐心に囚われたこの人は何も分かっていない。
直は意を決して秋山を睨んだ。

「私は秋山さんの心を傷つけるようなことをしてまで、こんなゲームに勝ちたいなんて思いません」
「…は?何だよ、それ?」
嘲るように言い放ち、秋山は肩を竦めた。
怯んでしまいそうになる心を奮いたたせて直は更に言葉を続けた。

「秋山さんはいつもいつも、1人で全部抱えちゃうじゃないですか。
お母さんのことも、このゲームのことも何もかも全部1人で背負って、
私、なんの為にここにいるんですか?私じゃあ、秋山さんの力になれないんですか?
さっきだって、私には秋山さんが演技しているようには見えませんでした。
秋山さんは傷ついてます!自分でそれを分かっていないだけです!!」
「黙れ…」
核心をついた直の言葉に秋山の中で何かが弾けた。
この女に自分の何が分かる?
母を目の前で亡くしたあの時の気持ちの何がわかる?
母を死に追いやった張本人をこの手で葬ることができるこの思いの何が分かる?
悪鬼のような表情を浮かべた秋山は直の傍へとにじりよった。
「お前に俺の何が分かるっていうんだ?」
歪な笑みを浮かべ、秋山は直へと顔を近づける。
普段ならとっくに泣き出しているはずの直が気丈にもまっすぐな瞳で秋山を見返した。
「分かりません、」
「………、」
「秋山さんはずるいです。そうやっていつも他人を締め出して心の中に入れてくれない!
入ろうとすると目の前でシャッターおろして…それなのに、わかれって…そんなの、そんなの…無理です」
言いながら感情が高ぶってくるのを直は感じた。じわりと涙が目尻に浮かぶ。
泣くまいと決めていたのに、やはりそれをとめることは出来なかった。
「…お前、」
秋山から先程までの怒りの表情が消えていた。
変わりに浮かんだのは戸惑いの表情。
秋山からしてみればヨコヤを欺くための三文芝居にしかすぎない出来事だった。
相手を騙し、復讐を成就する為の手段として取り乱してみせただけのことで
直を軽んじたりした訳では決してなかった。ただ自分の思いを優先させただけであった。
しかし直はそんな自分を見て泣いていた。
そして自分はその涙を無視した。

「私はただ秋山さんの力になりたかっただけです。そして復讐なんてことやめて欲しかっただけなんです」

強張った笑顔を浮かべながら直は必死で言葉を紡いだ。
これ以上はもう無理だ。
どこか諦めに似た気持ちに支配されていた直は秋山に向かって綺麗な微笑みを向けた。
「私、リタイアします。秋山さんの力になれないままここにいて、あなたの邪魔をしたくないですから」
精一杯に強がって直は秋山へと背を向けた。
そしてそのまま外へと歩き始める。
これ以上、秋山の顔を見ていると大泣きしてしまいそうで直は唇をかみ締めながらそれに堪え、歩いた。

「待て…、」

このまま彼女が去ってしまう…
直の後姿をみて秋山の心に動揺が走った。その感情が無意識のうちに彼女を呼び止める。
正体の分からない苦しい思いが秋山の胸を締め付けていた。

「お前も、俺を1人にするのか…?」

震える声が本音を吐き出す。
自分でも思ってもみなかった言葉を秋山は自らが紡いでいた。

「秋山さん…、」
「みんなが俺を1人にするんだ」
「…………秋山さん、」
「人はいつも人を裏切る。その度に傷つかなければいけないんだったら俺はこのままでいい。
誰も俺を分かってくれなくていい。そういう風に思って生きてきた。」
「秋山さん、もう止めてください!」
これ以上こんな悲しい告白を聞きたくなくて直は秋山の言葉を遮った。
そんな彼女に向かって彼は力ない笑みを傾けた。
「悪い、今の忘れて…。そしてお前はすぐにここからでろ。
このゲームを抜けるための金は俺がなんとかしてやる。だから、もう二度と戻ってくるな」
「秋山さん、」
「お前は人を信じることが出来る奴なんだから、それを大切に生きていけばいい。」
優しい微笑みが秋山の顔に浮かんだ。それをみた瞬間、くしゃりと直の顔が歪んだ。
「どうした?早くいけ」
「私、行きません。」
直は強く手を握りしめ、震える心を抑えた。
秋山という人間の裏に隠された弱さを見てしまった今、どうして彼を1人に出来よう。
直はそのまま秋山の背中に手を伸ばして彼を抱き寄せた。
酷く心に傷を負った彼を少しでも暖めてあげることができたら…
ただそんな真摯な思いを胸に纏って直は秋山を抱きしめた。

「お前…何を。。。」
「私は秋山さんを1人にしません。」
「俺はまたお前を欺くかもしれない。それでも傍にいるのか?」
試すように言う秋山に直はこくんと頭を振った。
「それでも、秋山さんがいてほしいって思ってくれるのなら…私は傍にいます」
決意の表情が眩しく秋山を見つめていた。
この少女のどこにこんな強さが隠されていたのだろうか?
自分を圧倒してくる真っ直ぐな直の思い。
その心地よさに酔いながら、秋山は静かにその瞳を閉じた。


「傍にいます」
直は秋山を安心させるようにもう一度強くそう告げた。
願わくばこの人をもう誰も傷つけることがないようにと祈りながら…。




END

2007.6.17るきあ

*ご注意*
著作権は全て私,るきあに帰するものと致します。
小説及び画像の転載はご遠慮くださいませ。よろしくお願い致します。
あと、俳優様・テレビ局様・出版社様等いっさいがっさい関係ございません。


ブラウザを閉じてお戻りください。